第一話:死神教授と確定申告

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 「あー、するとこの場合、接待交際費としては計上できないと?」只でさえ眼に力のある相手の視線に一層力が宿る。いよいよ苛つきが限度に達しかけているようだ。負けまい、気圧されまいと必死に耐えるが、いつまで堪えられるだろうか。胃がキリキリと痛むのを窓口課長は感じていた。  一方、死神教授の方も確かに我慢の限界を迎えつつあった。但し、窓口ではなく、自分自身に対して、である。  わからん。さっぱりわからん。天才外科医の名を欲しいままにしている吾輩が、たかが税金の計算ごときで、何故これほどまでに頭を悩ませられなければならないのか。説明文を何度読んでも、脳が理解を拒む。控除だの上限額だの、一体いかなる悪魔であれば、このような思考の迷路を産むことが出来るというのだ。  苛立ち紛れに杖のクリスタルをちょっと光らせたら、目の前の男が白目を剥いて失神しそうになった。いかんいかん、この男に何の罪もないのだ。吾輩は決意した。この可哀想な男のためにも、必ず本邦政府を打倒し、この課税システムを考えだしたアホ共を根絶やしにしてやると。  が、その気配りは残念ながら窓口課長には全く伝わってはいなかったのだった。  と、その時突如として異変が起きた。  庁舎の窓ガラスが激しく叩き割られ、同時に野太い声がホールに響き渡る。「動くな!全員床に伏せろ。この庁舎は、我々秘密結社チョーカーズが乗っ取った!」  全部で5、6人というところか。なだれ込んできた男達は全員が黒ずくめの服装、サブマシンガンの様な物を構えている。と、一人が天井に銃を向けると引き金を引いた。禍々しい発砲音と共に悲鳴が上がり、たちまちその場に居た全員が床に突っ伏した。  武装勢力と吾輩達を除いて。  「ほえ?」我々の姿を見て、先頭の男が何とも間抜けな声を出した。  吾輩は無言のまま、クリスタルのついた杖をひと振りした。我々は素人ではない。言葉に出さずとも、全員がいま、何を為すべきかは理解している。  前にも言っただろう。最近、我らの名を騙って蠢動する不届き者が後を絶たないと。それにしても、こいつらも少々、時と場所を選ぶべきであったな。  「連れて行け。」「ギュルル!」一発の弾も撃てぬまま、あっさりと男達は制圧され、戦闘員達や、怪人の両脇に抱えて連れ出され、五分と経たぬうちにホールは静けさを取り戻した。やれやれ、これでまた警察から感謝状を貰う羽目になってしまった。  まあ、良い苛立ちの捌け口になった事は事実だ。チョーカーの名を騙ったのは重罪ではあるが、その事に免じて、彼らは闘争本能を減退させるプチ脳改造手術を受けるだけで許してやるとしよう。  さて。  我輩は何事も無かったかのように、再び担当の窓口課長に向き直って言った。「先程の接待交際費枠に戻るのだが…」  なぜかその後、全ての書類が魔法の様に目の前から消え去った。それどころか、あれほど怯えていた担当窓口の男がウィンクまでして来たのだが、はて、あれは一体何だったのであろうな…?  『全てを我が物に。我が物(納めた税金もいずれは)全て総統閣下の物に。ヘル、チョーカー。』
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