第二話:死神教授は電気羊の夢を見るか?

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第二話:死神教授は電気羊の夢を見るか?

 風邪を引いた。  諸君は知っているかね?一般的に言う風邪というものはウィルスが主な病原体である。が、これらにはライノウィルス、パラインフルエンザウィルスと様々な類型があり、しかも流行時期に合わせて少しずつ変化するため、明確な風邪ウィルスと言うものは特定が不可能である事を。  吾輩の身体はサイボーグ化されているため、通常の病原体ではびくともしない。が、そのような吾輩でさえも蝕んでしまう恐ろしいウィルスが世の中には存在する。  コンピュータウィルスである。  病原体がこのウィルスなのであるから、吾輩の現状は風邪を引いたと言っても、あながち間違いではないのである。うむ、我ながらこんな屁理屈を思いつくのであるから、現状が極めて重篤な状態であることは間違いない。  数日前から判断力の減退を自覚していた吾輩であったが、今朝からはもう思考回路があららららららららららら。  …失礼した。  いっそのこと、現在の身体をまた廃棄し、ウィルス感染直前までのバックアップデータを元に、予備の義体に乗り換えればそれで済む話ではあるのだが、諸君らも知っているだろう。義体を乗り換えるとまたリハビリが必要になる。再び村松藤兵衛など呼ばれた日には堪った物ではない。何としても投薬治療で寛解にまで持っていかねばならぬ。  と言う訳で、先程からウィルス駆除プログラムを”服用”し、一進一退の攻防を繰り広げているところである。控えめに言って、チョーカーのハッカー集団は超一流であるがゆえに、吾輩も全幅の信頼を寄せているのだが、敵のウィルスもさるもの、あたかも人間の風邪にも似て、変幻自在に姿を変え、駆除を免れ続けているらしい。  そう、風邪だからと言って侮ってはいけない。最悪の場合、死に至ることもあるのだ。  いま吾輩は今日の執務を全て取りやめて、執務室で安静にしている。かりそめにもウィルスをチョーカーの組織内に蔓延させる様な事があってはならないので、現在はシステムへのオンライン接続も遮断中だ。そのような状況に陥ってみると、改めて自分が小さな存在であるかのように思えてくるから不思議なものだ。生きている時に風邪を引いた時と本当に何も変わらない。吾輩は思わず苦笑した。  と、その時ドアをノックする音が聞こえた。誰だろう?秘書にも厳重に伝えておいた筈だ。ウィルスが体内から完全に駆除されるまでは面会謝絶であると。  「どうかね具合は。」部屋に入ってきたのは、例によってカンナに擬態した総統閣下であった。  「は、こ、これは恐れ入ります。」思わず執務机から立ち上がり、直立不動の姿勢を取る吾輩。  その瞬間である。吾輩の四肢が全く意識せぬままに動き始め、音もなく、しかし烈風の勢いを込めて、目の前の華奢な身体に襲いかかったのであった。
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