幕間(まくあい)のセンチメント

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 疲れた。帰ろう。何が起こったやら、整理がつかない。  ……起こった、でいいんだろうか。起こした、のかな? この、僕が。  よく分からない。でも何となく、悟ったことがある。  僕の、いや誰の心にも、雨が降っている。僕が求めたような劇的な変化、雲ひとつ残さず吹きさらう救いの風はきっと、もたらされない。傘を差す気力さえ、失うときもある。  でもどうしても自分で差せないなら、ほかの傘に入れてもらえばいい。  無条件に差しかけられるのは、やっぱりまだ信用できない。だから、あの溺れる傘の手を掴んだみたいに、まずは、僕自身が。  ……与えられてもおかしくない、その程度の立場でいい。そんな人間になれば、いい。そして雨の幕間(まくあい)に、少しでもこの両目の傘を、乾かしてやれたら充分(じゅうぶん)だ。  服をぎゅっと絞って、仕上げにもう一拭(ひとふ)き。帰路にあるコンビニに寄り、母さんの好物だったシュークリームと僕の夕飯と、ビニール傘を買った。   「雨で大変でしたね。はい、お買い上げありがとうございます」 「……ありがとう、ございます」  笑顔の店員さんに返した、自分の一言の調子に、照れくさくなる。僕も現金なものだ。空のことばかり悪くは言えないな。  そうだ。今度あの兄妹に会えたなら、きっと今の言葉を伝えよう。その日が雨なら、あの傘にも。二人は首を(かし)げるかもしれないけれど、そんな反応には慣れている。  水の匂いが満ちる中を、一歩一歩、(かかと)に体重をじっくり預けて、家へと向かう。高揚(こうよう)感の欠片が、結んだ唇の端で悪戯(いたずら)していて、横一文字(いちもんじ)を今にもほどいてしまいそうだ。  傘に隠れる間もくれず、降って()く幸運。一人だけを助ける気はないらしい神様の、気まぐれ。僕はそれでまんまと機嫌をとられては、また雨の中を生き延びていくのだろう。  面倒くさがりのくせに、働かざる者に厳しい神様の、厚意を信じよう。母さんが、たまには神様をせっついてくれるに違いない。空にはいなくても、隠れ場所の多いこの地上のどこかで、見守ってくれていそうだから。考えてみたら、母さんは近眼だったしな……。  アパートの外階段、トタン屋根の切れ目、雨打際(あまうちぎわ)。ぽつんと虹色の(したた)りが、頭を叩いた。
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