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何やら小さい字でごちゃごちゃごちゃごちゃと書いてある。
「なん、これ?
…んー・・・?」
・・・
一、九条真冬(以下乙)は椿誠(以下甲)に1億円を出資する。
一、甲は乙に甲の長女、椿ゆり(以下丙)を娶らせる。
一、婚姻は丙が満18歳になるまでは行わない。
一、この契約に不服のある場合またはこの契約が反故になった場合またはこの契約が反故になりそうな場合は、甲は乙に下記の期日までに1億円をすみやかに返却する。
ただし期日は、丙の18歳の誕生日、10月31日とする。
この契約の効力は、出資が確認された時すなわち領収証の日付の時から始まることとする。
1億円が返却されないことが明白な場合は、即日、丙は乙と結婚する。
丙が乙と婚姻した日付を持って、甲の出資金1億円に対する返却義務は消失する。
「はっ…わ…私の名前…?
い…1億…って・・・?」
ゆりは目を見開いて父親を見た。
「…すまん、ゆり。
父さんの小さな会社、実は、主要取引先の不渡りのあおりを受けて危なかったんよ。
借入金の返済もあってから…
昨日はちょっと自暴自棄になって飲み屋をはしごして…酔っぱろうて初めておうたあの人ーー命の恩人のあの人に、内情を話したらしいんじゃ。…よう覚えんけどのー…
父さんその日実印持っとって…ばっちりサインも…してしもうてからのー。
先方の1億の小切手もカバンに入っちょるし…正直、これで会社は助かった。…乗り切れる・・・社員の家族も守れる…正直言うと、ぶち、ありがたかったんよのう・・・」
「お父さん…?…なんこれ?
………婚姻て?あのコンインよね?
結婚てことやろ??」
「…あんなぁ、ゆり、こりゃぶちええ話っちゃ!
相手の青年はそりゃーええ男やったっちゃ!
今はお前らの言葉で『いけめん』って言うんかのう?
会社をいくつか興しとって、そいでもなんや会社は人に任せとって、お金には不自由しとらんっち言いよった!
そりゃあもう、間違いのうて玉の輿じゃ。
お父さんを3べんも助けてくれた、命の恩人やしなあ
あん人なら男としても、間違いないっちゃ!
お前、まだ好きな人なんかおらんと言っとったもんな?
丁度いいじゃろう?」
「…」
のんきに父親が笑う。
ーーは?
…私の意思は?!?!
呆れすぎて言葉も出んわ
「ちょっとお父さん・・・!」
母親がたしなめる。
…ねえ?今って、何時代なん?
身売りか?
とても現代とは思えんわ…ゆりの眉間にしわが寄った。
その時、玄関の呼び鈴が鳴り、
母親が「はーい」と言いながらパタパタと向かった。
「ゆり、まあ…・・・。
その………な!
はあ…
ごめん…」
父親を茫然とーーすぐにありえない人を見る目でジッと睨みつけて見ていたゆり。
しばし考える。
ーーいや、これは反故してもいいやろ。お父さん。
『婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し…』とかなんとか…この前社会科で習ったわ。これは無効やろ。絶対そうやん。
フワタリとか会社の難しい話はわからんけどお父さんに責任もってしてもらうしかないやろ。
…よし!
ゆりは父親を見るとフッと不敵に笑い、手にした『契約書』を天高く掲げた。
「ふふふ。お父さん!
私、お父さんの仕事の話に口出す気は元から一切ないんやけどさ…」
掲げた契約書をゆりはためらいなくビリっと破いた。
「あ!おい…!わっ…ゆり・・・やめんか!!」
「バカバカしい・・・江戸時代でもあるまいし、身売りみたいな、奴隷契約みたいな、こんな契約書なんか無効やろ!
私には関係ないわ」
その時、後ろ上方からゆりの手首が大きな手にぐっと掴まれた。
ーーえ!?
「…!」
「…これはコピーだ、ゆり」
「ああ、君は・・・!命の恩人さん・・・よくここがわかったですね!」
父親が目を見開く。
ゆりが振り返って仰ぎ見た時、手首を掴んで余裕で微笑む高身長のひどくイケメンな男がニヤリと笑ってじっとゆりを見下ろしていた。
「原本は俺が持ってるから、破っても無駄だ。
・・・ゆり、初めまして。
九条真冬。ごく近い未来の、お前の夫だ。」
「はあ…!!?」
睨み上げる、ゆり。
ーーこれが、真冬との、1ヶ月前の出会いだった。
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