プロローグ

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プロローグ

幽霊団地を見上げ、男は泣いていた。幽霊団地というのはU地区夢が丘団地の、通称だ。「ゆ、しか合ってねえ」とよく笑い飛ばしたものだったけれど、今、暗闇の中にそびえ立つ五棟の四角い建物は、たしかに幽霊でも住み着いているように見えた。真っ暗な窓に錆びついた鉄条網には「立入禁止」の看板と、その四倍くらいのサイズの建築看板が括り付けられている。印字された解体工事の開始日は、一週間後。 解体されたら、幽霊たちはどこに行くのだろうか、地縛霊にでもなるんだろうか。そんなことを考えながら男は小さく笑った。ここで過ごした間、一度も幽霊なんて見たことはなかった。それでも今は、その存在を少しだけ信じてしまいそうになる。  ここから離れられない魂。自分もそれと同じだ。忘れたつもりだったし、もう戻ることはないと思っていたのに、壊されると聞いたら、どうしてもだめだった。どうしてもだめで、こんな夜中に封鎖された団地を見上げている。  五つ連なる建物の、向かって左から二つ目、B棟。不吉な数字の四〇二号室。そしてその真上の五〇二号室。いつも自分たちはコンクリートの階段を行き来して顔を合わせていた。  あの感覚を、今でもはっきりと思い出すことができる。生きたまま幽霊になりそうなくらいには。
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