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 市川の居場所を掴んだのは、瑠花の葬儀を終えてから三日後のことだった。  大学にも行かずに瑠花のバイト先である飲食店で張り込みをした結果。  市川は張り込み三日後に出勤した。  まず第一に、市川が犯人である決定的な証拠が欲しかった。  瑠花からの電話が間違いのない決定的な証拠なのだが、それ以外のもっと確信的な証拠が欲しい。  仮に市川が瑠花を殺した犯人でなければ、春樹は早とちりでなんの罪もない人の命を奪うことになるからだ。  幸い、春樹と市川は赤の他人。  つまり。  接触することは可能だった。  でも証拠とは何か、一体どんなことをすれば市川が犯人である証拠を掴めるかがわからない。  一番手っ取り早いのは本人に直接訊くこと。  人を殺した後だ。  もしも全く知らない人から殺人の疑いを掛けられれば、本当に殺した犯人なら一目でわかる。  動揺を隠しきれる訳がない。  けれど、それはなんの証拠にもならないのが現実。  春樹が欲しかったのはそんな曖昧な確信ではないんだ。  …どうする。  頭をフル回転させて考えたが、頭がいい方ではないので奇策は思い付かず、結局出たのは苦肉の策だった。  尾行。  市川の家なら何か手掛かりがあるかも知れない。  それしか思いつかなかった。  市川が業務を終えて出てきたのは夜の七時を回っていた。 「お疲れさまっす!」なんて言いながら片手を上げて同僚か先輩かわからない女性従業員と別れてから、市川はとぼとぼと歩き出した。  電車に二駅乗り暫く歩くと、市川のアパートらしき場所に着いた。  どちらかというと古い木造二階建てのアパート。  なんの変哲もない。  春樹の尾行に気づいている様子はなかった。  全く周りを警戒していない。  人を殺した後なら少なからずの警戒はしても可笑しくないのでは。  そう考えると、市川への疑いが薄れていってしまう。  本当にこいつが瑠花を…。  見た目も思っていたのと違った。  もっとチャラチャラしてる奴かと思っていたのに、意外にも好青年といった印象を受ける。  確かに整った顔立ちをしていた。  とにかく家はわかった。  入って行った扉の表札を見ても、しっかり「市川」と記されている。  …間違いない。  こいつが市川だ。 「取り敢えず、今日は帰るか…」  アパートを後ろ越しに見つめながら、春樹はそう呟いた。  もう人を殺す決意を固めてしまっている。  復讐を遂げる為ならどんなことでもするつもりでいた春樹は、次の日に市川の部屋に不法侵入し、手掛かりを探すつもりだった。  それに、この何日か寝ていない。  疲れが溜まっている。  帰ろうとした、その時だった。  市川が階段を降りてきた。  咄嗟に茂みに隠れる。  市川はさっきとは別人のように髪の毛をつんつんにさせ、春樹が想像していたチャラ男になっていた。  鼻唄を歌いながら上機嫌で春樹の横を通り過ぎ、また駅の方向へ歩いていく。  香水の匂いが強すぎて、市川が横を通り過ぎただけで頭が痛くなった。  …出掛けるのか?  チャンスだった。  今、あの部屋はおそらく誰もいない、手掛かりを探すなら絶好の機会。  逃す手はない。  でも、なぜか。  春樹は市川の後を追っていた。  直感で、市川がまた何かしそうな気がしてしまった。  別の被害者が出るような気がしてならなかった。  気づくと。  足が勝手に市川の後を追い掛けていた。    市川は美人な女性と一緒にレストランに入った。  女性の雰囲気がどことなく瑠花に似ていたのが、堪らなく嫌で仕方なかった。  駅の改札で女性と合流した市川はその足でレストランを目指し、そのまま中に消えた。 「なんだ。デートか」  レストランの向かえにある喫茶店の壁に背を預け、春樹は肩を落とし溜め息をつく。  直ぐ横の裏路地で誰かが揉めている。  からん!と金属が跳ねた音がしていた。 「…瑠花が死んで一週間。もし、もし殺してたら、デートなんかできるか…」  どんどん自分のしてることが可笑しく思えてくる。  瑠花は本当に、「市川」と言っただろうか。  それすら疑わしく思えてきた。  普通の神経ではできないことだ。  そもそもバイト先の後輩を殺しておいて普通に出勤するのも変だ。  正常な人間なら行方を眩ましたり無断欠勤しそうなものだが、市川にそんな素振りはない。  …違うのか。  その場で頭を抱えてしゃがみ込んだ。  一体何時間たったかわからないほどその場で考え込んだ。  もしかしたら疲労の所為で眠っていたのかも知れない。  気がつくと、市川と女性の話し声が聞こえてきていた。 「えっ!私にプレゼント??」 「そう!早矢香に似合うと思って」  …もうやめよう。  きっと違う。  ごめん。  瑠花…。  頭を上げた。  視界が霞む。  やっぱり寝てたみたいだ。  四、五メートル先で市川と女性が楽しそうに話している。  女性がその場でじたばたしながらオーバーリアクションで喜んでいた。  手にはネックレスをぶら下げている。  ピンクパールのネックレス。  …あれ。  ネックレス。  ……。  ……。    …嘘、だ。  見たことのある形と色、どこにでも売っているものではない。  あの独特のチェーンの結びと小さなダイヤが輝く星のワンポイント。  世界で一つしかない。  完全オーダーメイド。  春樹が渡した一番高価なプレゼント。  一気に眠気が覚めた。  瑠花が肌身放さず付けていたのを思い出す。  涙が出る。  やっぱりお前かっ…  瑠花を殺しておいて。  呑気に女とデートか。  瑠花の死はお前にとってなんでもないのか。  平気で日常を遅れる程度のことなのか。  何も感じないのか。  怖いとは思わないのか。  どうして。  どうしてぇぇっー!!  なんでお前がそれを持ってる!!  何故その女に瑠花のネックレスを渡すっ!!!  なんでだぁっ!!  なんでぇぇっー!!!  信じられない…。  こいつあり得ねぇー。  こんな奴…。  こんな奴にっ…。  …瑠花。  悔しいよな。 「あぁぁぁぁぁぁぁぁっっーーーー!!!!」    お前か…。  お前かっ!!  お前かぁぁぁぁっっっーー!!  春樹はさっきの裏路地を見た。  そこには。  鉄パイプが転がっていた。    そこからの記憶はない。  身体が焼けるように熱くなり血管がブチブチと切れているようだった。  気がつくと。    市川はイケメンなその顔が識別できなくなるほど顔の原形を留めず。      血だらけになって。    死んでいた。                    
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