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   留置所の独居房は薄暗く何もなかつた。  四条ほどの畳のスペースにトイレ、衝立があるだけのみすぼらしいトイレだ。  人が生活する空間とは思えなかった。  持っていた所持品は財布と携帯、あとは腕時計。  財布と中身をしっかりと仕分けされた。  所持金は三万円ほどだった。  全て房の中には持っていけず、警察によって管理されることになる。  履いていたジーンズのベルトまで取り上げられた。  ベルトで自殺しない為だ。  布団が運ばれてきた。    シーツの付け方と朝の起床時間の説明だけされ、独居房は静かに施錠された。  放心状態で布団もひかずに畳に座る。  何も考えれない。  気がつくと。  春樹は目を瞑っていた。         * 「君は、真実を知ってたんだな…」  警察の取り調べ。  何も話す気にならない。  刑事も無言を貫いた。  下を向いて何時間も黙った結果、刑事が漸く放った一言がそれだ。  …だったらなんだ。  お前らには関係ない。 「知りたいだろうから教えておく。日影くん、君が殺した市川勉は、正真正銘雨宮瑠花を殺した犯人だよ」  …そうでないと、困る。 「…悔しいな。僕らが君を殺人犯にしてしまった」  …。 「もう少し、もう少し早く僕らが真相に辿り着くのが早かったら、君は何もできなかった。…殺すことはできなかった」  ……。 「君は普通の感情を抱いただけだ。愛しい人、大切な人を殺されて復讐を考えない人はいない。皆平等に殺人犯が憎いんだ。殺したいんだ…」  …何、言ってんだ、こいつ。 「復讐は復讐を呼ぶ。君が市川を殺したように、今度は市川を大切に想っていた誰かが君と繋がりのあるものを殺すぞ。…それを止めるのが、刑事の役目だ」  …。 「…なんでだ」  悔しそうに刑事が拳を握りしめた。 「憎い気持ちは皆同じだ。憎しみに勝つために歯を食いしばって耐えてるんだ!」  …違う。  皆知らないだけだ。  もしも犯人を知っていたら。  必ず殺すよ…。 「殺したら…同じなんだ。君は、正義でも英雄でもなんでもない!」  ……。 「ただの、殺人犯なんだよ…」  話にならない。  こいつは何もわかってない。  何も知らない癖に。  勝手なこと言うなよ。  刑事が徐に立ち上がった。  春樹は微動だにせず一点を見つめたまま。  刑事が背中越しに言う。 「雨宮瑠花は、こんな結末を望んだか?君が、殺人犯になる結末を…」  扉がゆっくりと開き、小さくかちゃんと音を立てて閉まる。 「はっ…?」  力なく呟く。  …そんなの。  わかんねぇーよ。  その日。  刑事が戻って来ることはなかった。    
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