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6
「やばっ、もうこんな時間。春樹心配してるよ…。早く帰ろう…」
歩きながら腕時計を確認した瑠花は、一次会を終えて帰路についていた。
ヒールの音がコツコツと響く。
飲み屋街とは少し離れた小道。
この先にタクシー乗り場がある。
近道だけど人目がないのが難点。
街灯がちかちかと点滅していた。
「雨宮くん!」
げぇー、と思いながら一度止まり、躊躇いがちに踵を返す。
鴉がごみ置き場を漁ってるところを発見してしまったような顔になる。
声だけで誰かわかったからだ。
「市川さん…」
「もう、帰るの…?」
息を切らして片目を瞑りくの字に曲がった膝に両手をついている。
態とらしい市川スマイルの所為で瑠花の背筋にむずむずとした気持ち悪い感覚が迫った。
もう一度時計を見る。
既に十二時を回っていた。
「帰りますよ。彼が心配するので」
態とらしく「彼」、を強調してやった。
小さな抵抗のつもりだった。
私はあなたの誘いは受けませんよ。っていう意思表示のつもり。
それが。
市川の逆鱗に触れるだなんて思いもしなかった。
「…彼」
「…婚約者です」
急に、市川がすくっと上半身の体制をあげる。
恐ろしいほどすんなり。
まるで演技だったように。
「…嫌だ」
「…えっ?」
声がいつもと違う。
一言で表現するならどす黒い。
顔を伏せて強く握りしめた両手。
肩が小刻みに震えている。
…何?
口元に軽く握った手を当てながら怪訝そうに市川を見る。
一歩近づいてしまったのが命とりだった。
「市川…さ」
びりぃっっ!!
ひやっ、としたときにはもう遅かった。
顔が歪む。
悲鳴すらあげれないほど刹那的だった。
市川の身体に凭れる形になってしまう。
気持ち悪い。
触らないで…。
不本意だけど、力が入らない。
意識が薄れる。
…はる……き。
呼んでも声は届かない。
耳元で囁かれたその言葉を最後に。
瑠花の意識はこと切れた。
市川が瑠花を抱き抱えていた。
「…君は、僕のものだ」
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