1 幸

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 1 幸 「おめでとう……」 「やったじゃないか、木村……」 「綺麗な嫁さんだよな」 「まさか、お前がね」 「吃驚したよ」  小学、中学、高校、大学時代の友だちが口々に言う。 「ありがとう」  彼らから送られた言葉に、ぼくが答える。幸せの瞬間だ。本当に嬉しい。  隣を見れば妻がいる。少しだけ恥ずかしそうな顔をしながら微笑んでいる。 「百合子さん、末永く、お幸せに……」  会社の同僚に言われ、顔を赤らめる。  ぼくの目から見ても妻は凄く綺麗だ。まるで異世界から飛び出して来た人みたいだ。  そんな夢の中の人が、ぼくの隣にいるなんて……。まさに夢だ。未だに信じられない。  けれども、これは現実なんだ。真実なんだ。本当のことなんだ。  確かに、ここまでの道程は長い。絶望に打ち拉がれたことも一度や二度ではない。最初の頃、彼女は、ぼくに何の興味も抱かなかった、と思う。が、今日という日を迎えたのだ。  ぼくの至らないところは、いくらでも直す。文句があれば、構わないから、その都度、その場で言ってくれ……。少しでも不幸だ、と感じたら即座に伝えて欲しい。難しいことでも努力する。きみを世界一幸せな妻にする。そのための努力なら、ちっとも辛くない。寧ろ、大いなるチャレンジなのだ。 「木村さん、百合子さん、本当におめでとうございます」  キャンドルサービスの間中、ぼくと妻に幸せの言葉が浴びせかけられ続ける。おそらく、二度と来ない日なのだ。いつか、回顧し、そう思うだろう。  結婚式は恙(つつが)なく進む。妻を奪いに来る昔の彼氏は現れない。聞いてはいないが、妻には元カレが何人もいた、と思う。これだけの器量なのだから当然だ。ぼくと付き合い始めたときに同時進行していた男がいたかもしれない。が、最後に妻は、ぼくを選んだのだ。プロポーズの言葉に、目に涙を浮かべ、応えてくれたのだ。  幾つもの不幸な恋を経験したせいかもしれない。だけど、それも、もう終わりなのだ。幸せな家庭を築こう。ぼくときみとでなら、きっとできる。子供も大勢欲しい。今はまだ一人が精一杯かもしれないけど……。  でも、ぼくは出世する。必要な金を稼ぎ出す。ぼくときみと子供たちからなる家族のために……。  頑張るぞ!  キャンドルサービスが終わり、ゲストによる余興が始まる。事前に報せを受けた通り、ゲストの友人が手品を始める。彼のハンカチから出て来るモノはみな、ぼくと妻との思い出の品だ。最初に見た映画の半券さえある。  ついで親への手紙/記念品・花束贈呈式が始まる。妻は涙を流さなかったが、ぼくの方が泣いてしまう。結婚後は実家ではなくアパート暮らしになるが、どちらの実家も近いので、行き来は楽だ。結婚後の最初は年始の挨拶になるだろう。その次は、お彼岸か。  ぼくの父はバリバリの営業マンだが、今日は縮んで見える。出来の良くない息子のぼくが晴れの日を迎え、漸く肩の荷を下ろしたのかもしれない。  幼い頃、ぼくは父から勉強を教わっている。母からも教わったが、印象深いのは父の方だ。呑み込みの悪いぼくに飽きることなく、同じことを説明する。それがいつまでも続いた後、突然ぼくが理解すると、はしゃぐように喜ぶ。  ぼくは父には似ていないが、そういったところは受け継ぎたい、と思っている。努力目標が、ああ、また一つ増えたな。  結婚式は、やがて謝辞となり、閉会の辞、新郎新婦の退場へと続く。ゲストも退場し、お見送りの段取りまでが終わる。結婚式の終了だ。この先は二次会となるが、余り遅くならないうちに、ぼくと妻はホテルに戻る予定だ。結婚初夜に初夜を迎えることになるかどうかは、まだわからない。それでも期待で胸が疼く。  結婚式が終わるまで彼女を抱かないことに決めたのは、ぼくの意思だ。彼女も、それを尊重し、遂に、その日を迎える。  前に彼女とホテルに泊まったときにもキスを交わしたのみだ。彼女は、 『我慢できなくなったら、いいのよ』  と優しく言ってくれたが、不思議と雰囲気がそっち方面に傾かない。単に二人で甘え合っただけだ。
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