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日曜日。梅雨時のじめじめとした空気が、しつこく肌に付き纏う。
今にも雨が降り出しそうな曇天の下、深山祈姫は、懸命に自転車を走らせていた。
「大事な話って何だろう」
昨晩、父方の祖父が体調を崩したと電話があった。祖父は大事な話があるからと、祈姫を家に呼んだのだ。
祖父の岩居真祈。
祈姫は、穏やかで優しい真祈が大好きだ。
祈姫の父は、彼女が生まれてすぐに他界したため、母は実家に戻り、真祈とは住んでいない。今は母の実家を出て二人で暮らしているが、真祈の家は、自転車で会いに行ける距離にあるのだ。
田んぼが広がる田舎道は村全体が見渡せる。
緑が美しい山は生き生きとそびえ立ち、木々は風に吹かれ、自慢げに葉を揺らしている。
気持ちよく晴れた日には、大声を上げて走り出したくなるほどに、それらは絶景に変わるのだ。
祈姫のずっと先に、見慣れた後ろ姿が見えてきた。
祈姫はペダルを踏みしめてスピードを上げ、てくてくと歩いていく背中に声を掛けた。
「光!」
光と呼ばれた少年は、少しだけ驚いた様子で祈姫を振り返った。
「あ、祈姫か。何? 買い物?」
そう静かに訊ねると、光は軽く眼鏡を押し上げ、穏やかに微笑んだ。
光と祈姫は幼馴染みだ。家が近所で母親同士の仲が良かったため、昔からよく遊んでいた仲なのだ。
「ううん。お祖父ちゃんに呼ばれてるから、これから向かうところなんだ」
「え? 祈姫も?」
光は、何となくほっとしたような表情になった。
「光も呼ばれたの? どうして光が?」
「それは俺が知りたいよ。理由は分からないけど、親が行けってさ」
意味が分からなかった。
光の両親は、真祈と知り合いだったのだろうか。そんな話は聞いたことがなかったけれど。
そんな事を考えていると、光が自転車のハンドルを掴んできた。
「一緒に行こう。初めて行く家だからさ、ちょっと不安だったんだ。自転車は俺が押していくから、この傘は祈姫が持ってて」
そう微笑んで、真祈の家までの手書きの地図をポケットから取り出し、祈姫にひらひらと振って見せた。
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