第一話 ライラックの咲く頃

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(うわぁ、満開だ!)  背中がスッと伸び、俯いてばかりだった顔はその木を見上げる。顎のあたりで切り揃えたフサフサとしたボブヘア―が、さららと風に揺れた。自信無さ気にややヘの字に引き結ばれた唇が穏やかな弧を描いた。  目の前に立つ花木は、優しい焦げ茶色の幹と華奢な枝、そして柔らかな緑の葉はハート型だ。円錐形の四枚花の小花が房状に咲いている。優しい薄紫の花だ。陽の光が枝の隙間から零れ落ち、花をふんわりと輝かせる。 (ライラックだ……)  ほう、と溜息をついた。まるで憧れの人と対面したかのように頬を紅潮させている。さっきまでの暗雲立ちこめた雰囲気が、日溜まりへと一気に変わった。一番低い位置で咲く花は、手を伸ばせば届きそうだ。触れられる位置まで歩みよる。 (いい香り。素敵……)  そっと右手を伸ばし、花びらに向かって手をあげる。その時「あっ!」と小さく声をあげた。けれどその声は蚊の鳴くように小さくて、周りの声に掻き消される。何かを見つけたように目を大きく見開いた。  こうして改めて見ると、可愛らしい……と言えなくもない。黒めがちの丸みを帯びた大きな目、くっきり幅広の二重瞼。そのチャームポイントを覆い隠すようにして細い焦げ茶色の縁の眼鏡をかけている。目と目の間の雀斑が目立ち、鼻は決して高くはないが鼻筋は通っていて形が良い。ふっくらとした唇は艶やかな桃色だ。肌の色は象牙色で、顔の輪郭は小さな卵型だ。けれども何故だろう? どことなく垢抜けず印象が薄いのだ。
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