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(五つ花だ!)
どうやら四枚花の中に五つの花びらを持つものを発見したようだ。恍惚とした様子でゆっくりと右手を伸ばし、その花びらに触れようとした時、
「その花、何て名前?」
と背後から声が響いた。まるでビオラみたいな声質の。
「ひっ!」
驚きのあまり短く悲鳴を上げ、慌てて伸ばした右手を引き、下におろした。慌てて声の主を振り返る。
「ごめん、びっくりさせちゃったね」
「あ、いいえ……」
彼女はどぎまぎしながら応じた。
(素敵な人……)
ひと目見た途端、息を呑んだ。制服姿の彼はスラリと背が高く、太陽を背にして立つ姿は光の翼が生えているように見えた。何か紙の束を左手に持っている。
(ミケランジェロが描く天使様みたい……)
ポーッと見惚れながら彼女は思う。
「この木、去年も春頃になると咲いていてさ。いい匂いするし。何か名前知ってる? 誰かに聞こう聞こうと思ってる内に今になっちゃったよ」
(もしかして夢を見ているのかな……こんな美形に話しかけられるなんて) 「ライラックです」
と夢見るように答えた。
「へぇ? 聞いた事ある。これがライラックかぁ……」
彼は花木を見上げた。アーモンド型の上品な瞳を細めて。
(うわぁ、オリーブグリーンの瞳!)
背後より差す陽の光で、深みのある部分の明るい部分の混在した何ともいえない神秘的な色を醸し出している。彼はハッと我にかえったように彼女を見つめた。トクン、と鼓動が跳ねる。
(自意識過剰だ! 静まれ、鼓動)
必死で理性を呼び戻す。
「そうそう。これから演劇部で寸劇をやるんだ。後10分くらい。この辺りでやるからさ、良かったら見て行きなよ」
そう言って彼は手にしていた紙の一枚を差し出す。釣られるようにして受け取る。
「じゃ、またね! 花の名前、教えてくれてて有難う!」
彼はそう言って、右手を軽くあげると颯爽と立ち去っていった。しばらく彼が立ち去った後をボーッと眺めていたが、ふと渡された紙に目をやる。桜色の地に桜の花びらが散るように散りばめられたものに、『演劇部』と書かれていた。中を開けてみる。時計台の下で上演するらしい。「タイトルは『春~プリマヴェーラ~』とある。オリジナルだろうか。その案内書だった。そして※全くの初心者大歓迎。最初から一つ一つ丁寧に教えます! と書かれていた。
見たい、そう思った。彼に強く惹き込まれ、どんな風に演じるのか見てみたい、そう思った。
(時計台って……あ!)
その時計台とやらを探そうとしたところ、ライラックの左隣に佇んでいた。木製の時計台で、ライラックに自然に馴染んで同化して見える。
(10分後くらいって話しだし、このままここで待っていようかな)
時計台に後ろに回ると背中を預けるようにして立った。周りでは賑やかな声が響き生徒たちが活発に行動しているのが伝わる。静かに目を閉じた。
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