第一話 ライラックの咲く頃

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 一人だけぽつねんとしている。誰も彼女に気付かないし、自身も気付かれるとも、気付いて欲しいとも思っていない。そして幼い頃を思い出す。 ……あれは小学校一年の時だったか。お盆に母方もの祖父母宅を訪れた際の事だ。姉と弟と、そして同時に訪れていた親戚の子たちと共に近所の広場でかくれんぼをしていた。当時そこは広い原っぱとなっていて、周りに雑木林や竹林が茂り、子供達の格好の遊び場となっていた。じゃんけんで負けた者を鬼とし、目を閉じて彼が十までゆっくりと声を出して数えている。その間に隠れようと、彼女は喜び勇んで雑木林の少し奥の杉の大木に隠れた。何人かも近くに潜んでいる。一人、また一人と見つけらていく中、最後まで彼女は見つけられる事なく。上手く隠れたというよりも、存在そのものを忘れられたようだ。姉と弟にまで忘れられて、「これで全員揃ったね。次は何して遊ぶ?」という声が風に乗って聞こえて来る。自分は居ても居なくてもいい存在なんだ、とまざまざと思い知った瞬間だった。いたたまれなくなってそのまま一人祖父母宅へと戻ったのだった。結局、誰にも気付かれる事はなく……  突如、女の子たちの黄色い声で我に返る。気付けばライラックの前に新入生の男女がごった返していた。女子の割合の方が多そうだ。彼女達の視線を追って納得した。先程声をかけてくれた男子を中心に、演劇の準備を始めるようだ。
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