16人が本棚に入れています
本棚に追加
第二話 ハッピーライラック
ふわふわと夢見心地に歩く彼女。高校の最寄り駅より三駅ほど行ったところに彼女の住処があるらしい。大通りを挟んで駅ビルや商店街が立ち並び、少し歩くと周囲は林や大きな川が流れ、川を挟んで両側の土手には、ソメイヨシノがほぼ等間隔に植えられている。土手には菜の花や朝顔等も自生しており、桜が満開の頃は菜の花とのコントラストは圧巻であろう。彼女はその土手の通りを歩いている。先程の出来事を振り返り、興奮冷めやらぬという感じのようだ。
(ふふふ、頑張ったなぁ自分。ハッピーライラックの効果かな)
寸劇を見終えた彼女は、校庭の隅に臨時で設置されている休憩所へと足を運んだ。そこには折り畳み式の椅子と机が二十席程設けられており、数名のグループの生徒達が座り、寛いでいた。彼女は誰もいない一番奥の右端に腰をおろすと、鞄の中から筆入れを取り出す。そしてボールペンを選ぶと、演劇部の入部届先程もらったチラシに挟まれていた『演劇部入部届』に、名前を記入する。
久川真凛、これが彼女の名前のようだ。更に演劇部初心者、経験者(芸歴○年)の選択制の部分に初心者の方を丸で囲む。更に任意で『入部動機』を記入する欄があり、そこにも何か書き込んだ。そしてほっと一息ついて空を見上げた。柔らかな水色の蒼天に、白く透けたレースのような雲がかかっている。それからおもむろに鞄の中から携帯を取り出すと、画面を見つめた。
はにかむように俯き加減に咲く、小さな百合のように可憐な花が映る。薄紫色、ピンク色、白の色違いの花が三つ、ひっそりと咲いていた。堅香子、カタクリの花だ。『春の妖精』という異名も持つらしい。真凛は画面を見つめながら決意を新たにする。
(そうだよ。まだ諦めてる訳じゃないんだ。この花が、根付いて芽が出て。そして花を咲かせるまでに約七年もかかるのだもの。私だってまだ咲ける時が来ていないだけ、そう思いたい。これはその一歩なんだ。モブキャラからメインキャラになる為の)
そして携帯を鞄にしまうと、すっくと立ちあがった。
(行こう! ぐずぐずしていたらまた怖気づいちゃう。これは自分を変えるチャンスなんだから)
今一度自分に喝を入れ、力強く歩き出した。入部届を出す為に。あの後、演劇部は体育館の舞台にいる、との事だった。
最初のコメントを投稿しよう!