第二話 ハッピーライラック

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「どこに入る?」 「まだもう少し考えようか」 「そうだね」 「来週末までに決めればいいし」 「それ過ぎても別にね」 「まぁね」  あちらこちらから、そんな話題が聞こえて来る。 (殆ど初対面な筈なのに、どうして皆すぐ仲良くなれるんだろう?)  入学式を終えて、各自降り分けられた教室で担任を待つ際、既に仲良したちのグループがある程度出来上がっていた。  (と、友達だって、これから出来ていく筈だし。まだ入学して初日だもの。これから、これから)  自分に言い気かせる。体育館が近づくに連れて、少しずつ歩みがゆっくりになる。 (どうしよう? 演劇部に入部するのに試験があったら……。空気みたいに存在感が無い人はちょっと……なんてお断り食らったら……)  鼓動が激しく鳴り、足に震えが走る。ふと、先程呑み込んだ五枚花のライラックが思い浮かぶ。 (大丈夫。ハッピーライラックの御呪いしたもの。きっと、力を貸してくれる筈!)  そう思うと、フラシーボ効果なのか足に力が入ったような気がした。  体育館では、女子の黄色い歓声が湧き上がっている。そっと体育館の入り口から中を見てみると、どうやら男子バスケットボール部がハーフコートを使い、三対三を行っているようだ。二人ほどやたら背の高い美形がいる。この二人が敵味方に分かれて行われているようだから、どちらかのファンが騒いでいるのだろう。邪魔にならないよう、ローファーをロッカーにしまいバッグから上履きを取り出して履き替える。そして壁に身を寄せるようにして端を通り、舞台を目指した。  舞台では演劇部関係の人たちが何か打ち合わせをしているようだ。 (凄いなぁ。二、三年生なら分かるけど、一年女子も先輩たちに混じってキャーキャー騒いでるなんて……私にはとてもじゃないけど真似出来そうにないや)  と真凛は感じた。舞台へと近づいていく。どこかに入り口はないか探す。 (まさか、直接舞台の方に声をかけるなんて……そんな事出来ない)  途端に踵を返して逃げ出したくなる。 (駄目駄目、逃げたら今までの自分と何も変わら無い!)  自分を宥めすかしながら、歩みを進める。ドキドキしながら、舞台の下までやってきた。誰も真凛に気付かない。 (……あー、やっぱり影が薄いから誰も私の事なんか……) 「あれ? ライラックの?」  意気消沈したその時、後ろから声をかけてくれた人がいた。この声は、と振り返る。 「あ、先程は……」  と答えてペコリと頭を下げた。瞬時に頬が熱くなるのを覚える。 「いや、こちらこそ見てくれたの嬉しかったよ」 「あ、いえ。こちらこそ」  屈託ない笑顔で気さくに話しかけて貰える事が夢のようだった。そしてただ嬉しかった。少しでも覚えていて貰えた事が。けれども、気の利いた言葉が何一つ出てこない自分に悲しくなる。 「もしかして、入部届?」  彼の視線が、真凛の右手に注がれる。今がチャンスとばかりに頷く。 「は、はい。あの……よ、宜しくお願いします!」  と両手で入部届を差し出した。 (カッコ悪いな、自分。コミュ障まんまだし……)  と自嘲する己を感じつつ。沈黙が怖い。 (地味子は迷惑、とか言われるかも……) 「わぁお! やった! 嬉しいよ。有難う! こちらこそ宜しく!」  予想に反して、彼は本当に嬉しそうに受け取った。そして舞台にいる部員たちに声をかける。 「早速新入部員第一号だよ! 久川真凛さん」 「あら、やったね! 宜しくね」 「宜しく」  舞台にいた部員たちはそれぞれの作業を止めて真凛の近くまでやってくきて挨拶をしてくれた。 「こ、こちらこそです。よ、宜しくお願いします!」  声が裏返りかすれたりしてみっともないと思いながらも精一杯声をはって深々と頭を下げた。こんな風に向き合って歓迎して貰うのは初めての体験だった。 (これはやっぱり、ハッピーライラックの効果だよね。来週の月曜日、放課後から晴れて演劇部員だ!)  追憶から我に返り、改めてそう思うのだった。自宅はすぐ目の前だ。
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