第一話 ライラックの咲く頃

1/5
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/85ページ

第一話 ライラックの咲く頃

 花海棠の桃色が、蒼天に映える。陽射しが優しく地上に降り注ぎ、生きとし生ける者に躍動感を与える。さわさわと風に柔らかく揺れる緑の葉を広げ、ソメイヨシノが校庭を守るようにして取り囲んでいる。木々の隙間から見えるそれは、一言で言い表すなら学生たちの熱気で活気づいている、という感じだろうか。風に乗って様々な声が生き生きと伝わってくる。  校門には『星合高等学校』と重厚に彫られた名が刻まれてており、足を踏み入れると『新入生オリエンテーション』というスローガンが掲げられ、沢山の学生たちでごった返していた。 「軽音部、昔も今も大人気ですよー。さぁ、一緒に熱くなりましょう!」 「風になって、爽やかな青春を駆け抜けましょう! 陸上部でお待ちしています!」  制服姿のグループは文科系、ジャージ姿はスポーツ系の部活であろう。制服姿の生徒達を見てみると、この学校は、紺色のベストに白の半袖ワイシャツ、首元にはネクタイを。どうやら一年が赤、二年が緑、三年が紺色と決まっているようだ。下はベージュ色を主にしたバーバリーチェックのパンツが男子、女子がプリーツスカート、という感じらしい。  新入生たちは何人かのグループになってワクワクしながら各部活のPR活動を見て回っている。誰も彼もが楽しそうだ。おや? 一人だけ俯き加減でとぼとぼと歩く小柄で痩せっぽちの女子がいる。赤色のネクタイから、新入生である事が窺い知れる。何やら背中に曇り空を抱えていそうだ。まるで空気のように存在感がない。少し彼女に注目してみよう。 「……あはは、まさか!」  彼女の歩く先に、ふざけてじゃれ合う女子の一人が飛び出し、左肩にドン、とぶつかる。 「あ、ごめんなさい!」  女子はすぐに謝罪する。 「あ、いえこちらこそすみません」  彼女は元々猫背気味だった背を益々縮め、か細い声でぺこりと頭を下げる。ぶつかってきた女子はすぐに友達との会話に戻った。猫背気味の彼女はそのまま歩き続け、小さく溜息をついた。そのまま心の声を聞いてみよう。 (あーぁ、やっぱり私には眩し過ぎたな……。最初から無理だったのかなぁ)  そう思いながら、人の波を縫って校庭の端を目指す。その時風向きが変わり、不意にまろやかに甘い香りが彼女の鼻をかすめた。 (あ、この優しい香りは……)  彼女は顔を上げ、香りに誘われたように足早になった。虚ろだった瞳に、輝きが宿る。 (この香りは……あ、やっぱり!)  視線の先に映し出されるのは6m程の花木。生徒達で賑わう群れも、彼女には映らないようだ。その花木に引き寄せられるようにして進む。進むごとに香りが華やぐ。
/85ページ

最初のコメントを投稿しよう!