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伝説の傘_2
岩自体はそこまで固いものではなかった。亀裂を入れることができれば崩していくことができる。多人数で進めたことによる罰が下るわけでもなく、作業は順調に進み、一時間もすると、突き立った傘を中心として直径一メートル、深さ三十センチの穴を掘ることができた。やはりただのビニール傘にしか見えない。
「よし、ここからはもう少し慎重にいこうか」
大きなスコップから小さなシャベルへ道具を持ち替え、少しずつ岩を砕き、取り除いていく。単調な作業だが、要領を得て、成果も目に見えるのでみんな楽しくなってきたようだ。広くて浅い穴の真ん中に狭くて深い穴が掘られていく。三十分ほどして、私は手を上げて作業員を制止した。皆に目で合図し、シャベルで穴の壁面を叩くと、傘がゆらりと揺れて、ゆっくりと傾き始めた。素早く伸ばした私の右手は、一メートルほどある傘の中央部分をつかんだ。傘を手に入れた、と確信した瞬間、傘を抜いたばかりの穴から大量の煙が噴き出した。あっという間に視界が悪くなり、傘をつかんだ右手が見えなくなる。同時に煙が目に染みて開けていられなくなった。
最後にこんな罠があるとは、いやまさか毒ガスか、ありうる、これを仕込んだのが誰かは知らないが、そういうことをする奴だ、と、せき込みながらうっすら目を開けると、煙は薄くなりつつあり、私と同じように苦しむ長老と作業員たちの姿も見えた。
傘は、姿かたちを変えていた。長さは一メートルほどのままだった、持ち手から石突きまで、ほぼ黒色に近い濃い藍色に変わっていた。布地も滑らかで高級感にあふれている。
作業員の中から、美しい、という声が漏れた。同感だ。恰好が良い。
「おぉ…」
長老が声を震わせながら、近づいてきた。
「どうだろう長老。伝説の傘を手に入れた、ということでよろしいか」
「は、申し分ございません」
「良い訳がないでしょう」
正反対の答えが同時に返ってきた気がする。
「え、どっち」
「い、いや、わしは反対など」
「こんな手段でわたくしを従えたなどとは片腹痛い」
私は手元の傘に目を落とした。二番目の声が傘の方から聞こえたからだ。閉じたままの布地に一つの目が開き、私をにらんでいた。
「わ、気持ち悪い」
「ぶ、無礼者めがっ」
口もないのに、よくしゃべる。いや見えないだけで、口がどこかにあるのか。長老以下五名は、完全に腰が引けたようで、結界の外まで退却し、私を遠巻きにしていた。
「何で無礼なのさ」
「ちゃんと引き抜けよこういうときはっ。掘り起こすってどういうことだよ。あと何だ気持ち悪いって。伝説系の器具に対して吐く言葉かそれがっ」
「え、初対面に対してそういう口のきき方しかできないのに、他人のこと無礼だなんてけなす資格があるんですか」
間が空いた。口は見えないが、深呼吸でもしているような間だ。
「失礼。取り乱しました。……あなた、お名前は」
「ミイケです。三つの池という意味です」
「ミイケさん。お願いがあるのですが」
「何だろうか」
「わたくしを、もう一度この岩に突き刺して、立ち去ってはいただけませんか」
「いやですよ。苦労して手に入れたのに」
さっきよりも長い間が空いた。深呼吸を繰り返しているのか。過呼吸で倒れなければよいが。
「ミイケさん。あなたのために言っているのです」
「どういうことでしょう」
「あなたは正当な手段でわたくしを手に入れていない。多種多様な妨害を乗り越えて引き抜いてこそ、伝説の傘を使役する資格を得られるのですよ。それをあなた、ちょっとびりっときたりあちっとなったりしたくらいで、安易に掘削を選択するようでは」
傘は一拍置いた。ため息でもついているのか。
「楽をし過ぎです。ですから、わたくしを使いこなすことはできません」
「そ、れは困るな」
一つしかない目が、ざまあみろ、と言いたげに細められた。
「たとえばあなたは、わたくしを開くことすら…」
私が傘を勢いよく開いたので、言葉は途中で途切れてしまった。軽いので長い時間差しても疲れることはなさそうだし、布が黒いだけかと思ったら、中からは向こう側が見えるようになっている。これだと、前方の障害物が見えずにぶつかる、みたいなこともなさそうだ。
私が傘を閉じると、傘の目も閉じていた。何だか目元が湿っているようにも見えるが、涙か。
「いいでしょう。あれでわたくしを手に入れたことになるなら仕方がありません。わたくしだってむやみやたらと世界の理に逆らいたいわけじゃない」
「はい。どうぞよろしく」
傘はまだぶつぶつと何かを呟いているようだったが、私はそれ以上相手をせず、長老たちの方を振り向いた。これからは、傘引き抜きのお試し料金という収入減が絶たれるという事実がじわじわと染みてきたらしく、ようやく浮かべた笑顔も引きつっていたが、私は丁寧に協力への礼と辞去の挨拶を述べ、村を去った。
「良い天気だね」
「…こんな晴天くそくらえですよ。傘にとっては雨こそ甘露」
「そんなむくれないで。仲良くしようよ」
私は足取りも軽く、次の目的地である、伝説の雨靴が刺さる岩のある村へ歩き出した。
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