第二章:ヤミテラ 3:ロビー

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第二章:ヤミテラ 3:ロビー

(編:ここはイベント自体は良いと思います。バリケードの幅をちょっと変えるだけで改稿できるような気がしますが、如何でしょうか?) (メモ:主人公たちとフロアチーフのやり取りの裏で、事件が起きてパニックになる) (W:ここからはラノベ化されていない文章になる。  実は改稿前のプレゼン版は、ここから始まる。  それにしても、この章は全体として見ても、実に異質だ。  前述通り、某デパートで起きたパニックを題材にしてはいるのだが、この章には主人公が存在しない。  次の話で唐突に『私』が出てくるのである。  一体どういう意図でこのパートが書かれたのかは、もはや誰にもわからない)  ロビーは大混乱だった。  入口は一つを除いて、全てシャッターが閉じられていた。そして開いている一つも、警備員と店員が数名並び、カラーコーンとバーで封鎖されていた。  ゆっくりと、順番に外に誘導しますので、しばらくお待ちください――と放送が流れ、客の行列が蛇行しながら、じりじりと隙間をつめ、溢れかえっているのだ。  先程までロビー自体が封鎖されていた。  お客達は、二階の、階段から離れた通路に足止めされていた。  ようやく、ロビーに降りてこられたと思ったら、またもそこで一時停止措置を食らったのだ。  怒号が飛び交い、警備員や店員に客の何人かが詰めよっている。  何やってんだこれ? と誰かが言った。避難誘導だろ、と違う誰かが言う。  火事か?  火災報知器は鳴っていないぞ。  地震かしら?  揺れは感じてないけど――あ、さっきアラームが鳴ったわよね?  ネットのニュースサイトでは、『渋谷で爆発事故』、『浅草で火災』『東京各地で火災や暴動! 同時多発テロか?』等の見出しが躍っているが、記事の内容は詳細な情報とは言い難いものであった。  何故かその詳細を店員達に詰問する客もいた。  奇妙な事に、壁際に設置されている大型のエレベーター四基は、扉を開けた状態で固定されていた。そして、その前にはベンチや大きな椅子が、バリケードのように積まれているのだ。  更に、地階に通じる大きな階段は、大きな鉄製の防火扉が閉じられている。  扉を叩く音と、くぐもった声が聞こえている。殆どの客は無視を決め込んでいるが、スマホを片手に撮影する者、近くにいる店員に質問する者がいた。  質問された店員は、『列にお並びください』と機械のように繰り返すのみだった。  彼ら彼女らは、半分くらいが掃除で使う水きりワイパーやモップを持っており、防火扉やエスカレーターの近くをうろうろしているのだ。  更に――貧血だろうか――客の一人がグレーのパーティションで仕切られた壁際に寝かされていた。  人々は整列こそしているが、徐々に落ち着きを失ってきていた。  刺激的なネットニュースの見出しもそうだが、最大の原因は、現在進行形でSNSに情報が蓄積されていく――  『ゾンビ』についてだった。  何処をかしこもゾンビという単語が溢れている。  映画かゲームの宣伝、よくある『もしもゾンビが~』という妄想スレッドの類にしては多すぎるし、エイプリルフールは二ヶ月前だ。  例えば、某巨大掲示板では、大きなカテゴリである、『テロ関連』『自然災害』にゾンビを主題にしたスレッドが乱立している。そこを覗けば、写真や動画、推奨避難所などが列挙されているのだ。  列に並んだ一人の若者は、スマートフォンから顔を上げた。  SNSのアカウントに大量のメッセージが届いている。  だが、内容は『すぐに東京から逃げろ』とか『はやく身を隠せ』とか『ゾンビが外を歩いている』という、正気の沙汰とは思えない物ばかりだった。  何かイベントとか、今、バズってるギャグとか、こう……ごっこ遊びみたいなものなのかな?  若者の目に、入り口に並んだ警備員の体越しに、外の風景が飛び込んできた。  強烈な日差しに照らされた道路を、人が走っている。  歩いている人がいない――ように見える。  車が全く動いていない。  そういえば――救急車やパトカーのサイレンもやたらと聞こえる気がする。  若者は、スマホに顔を戻す。  誰かに――同僚か友人に電話で――だが、少し前から、『圏外』になっている。仕方なくメールを送るが、返事は一向に来ない。  その時、バタンと何かが倒れる音が聞こえた。  若者は、何とはなしにそちらを見た。人ごみの向こうに、倒れたパーティションが見えた。傍にいた客何人かが大声で店員を呼んでいる。  その所為か列が乱れた。  押すな! とか、寄りかかるなよ! とか声が上がり出す。  と、ガリガリという音が聞こえた。  硬い物を、引っ掻くような、小さな音だった。  ばさっと大きな音がした。  若者から見て、四人ほど前の女性が、下を見て、あら! と声を上げた。誰かが、貧血で倒れたぞ! と大声を上げる。  がたり、と音がした。  さっきの倒れたパーティションを店員が覗いている。  その奥には何も無かった。  若者は、狭いのに何であんな無駄なスペースを、とイラついた――その時だった。  あっと声が上がる。  どさっと、多分またも誰かが倒れる音。  ざわめきが大きくなる。  貧血だ、大変だ、と声が上がる。店員を呼ぶ声がする。  ああ、と若者は思った。  冷房が効いてるとはいえ、こうも立ちっぱなしじゃ仕方ない―― 「下に何かいるぞ!」  誰かが叫んだ。  途端にロビーが静まり返った。  がりっがりっという音がする。  うわっ、と年配の男性の声が上がる。 「何やってんだ、あんた!」  年配の男性が、後の人に寄り掛かる。 「やだっ、ちょっと!」  年配の男性の横にいた若い女性が、下を向きながら飛び退り、中年の女性に寄り掛かって倒れかけた。 「あの人を下を、トカゲみたいに動いてる!」  子供の声だった。  きっと、しゃがんで下を見たのだろう。  悲鳴が幾つかあがり、若者の方に人が一気に押し寄せてきた。何人かが倒れ、若者も巻き込まれた。  冷たく固い床に倒れた若者の目に、異様な光景が飛び込んできた。  女性が二人床に倒れている。さっき貧血で倒れた人達であろう。真っ青な顔で、ぴくりとも動いていない。  その横を、ずるりと動くものがあった。  男だった。  痩せたサラリーマン風の格好で、かけている眼鏡のレンズが片方割れている。  男は足が動かないのか、両手で、床に爪を立て、ガリガリと音を立てながら、這いまわっていた。  口の周りには、べったりと赤い液体が付いていた。 「あれって――ゾンビか?」  誰かが、小さくぼそりと呟き、それがさざ波のように拡がっていく。  パニックが始まった。  男が唸り声をあげ、這い進むと、その方向の客達が逃げようとし、将棋倒しが起きる。物が倒れる音と悲鳴が折り重なる。  若者は再び押し寄せてくる人の波を避けると、何とか立ち上がろうとした。  そんな彼の横を店員達が走り抜けた。  店員達は男に近づくと、ワイパーを体に引っ掻けた。 「すいません! そこ開けて! ちょっとどいて!」  店員達の粗っぽい声に、客達は慌てて横に退けようとするが、人が多すぎて上手くいかない。店員達は早足で、呻き声を上げる男を引きずり、悲鳴を上げる客達を割って進み始めた。だが、ワイパーの先がポロリと取れ、男の体が若者の方に転がった。  男は若者の足を掴み、口元に引き寄せようとする。  店員達は、男を、叫ぶ若者ごと強引に引きずって行った。  若者は自分の足を見た。  爪が食い込むくらいに、ジーンズごと掴まれている足首。  その向こうのスニーカー越しに見える、男の顔。その口は顎が外れんばかりに開かれ、目は自分を――いや、何処か酷く遠い所を見ているようで、焦点が合ってなかった。  その男を引きずっていく店員達の体越しに、エスカレーターが見えてきた。  地階に通じるエスカレーター。  さっきから店員が周りでウロウロしているエスカレーター。  地階からの上りは止まっていたが、下りは動いて――  若者は、床に爪を立てて抵抗した。  だが、男の手は足から外せず、店員達は無言で二人を引っ張っていく。  普段なら、全く気にならないエスカレーターのモーター音が、金属と金属が噛みあう音が、多分手摺がしなる音が、徐々に大きく、近くなってくる。  若者は最後に身を翻すと、エスカレーター横にある、非常停止ボタンに飛びついた。  だが、一人の店員のワイパーが若者の肩に食い込み、その動きを止めた。  若者はその店員――Dを見上げ、そして自分の足を見た。  体をありえない角度に曲げた男が、太腿に噛みついている。  店員Dは、意識を失った若者と男を、一緒くたにエスカレーターまで滑らせ、押し込んだ。  二人はもつれ合い、酷い音を立てながら転げ落ち、そのまま降り口で動かなくなった。  店員Dは、下をしばらく覗き込んだ後、上りのエスカレーターの方を顎でしゃくった。 「そっち――どうなってるんだっけ?」  他の店員達は無言だった。 「上りの方、塞いじまわないか?」  他の店員達はじっと、店員Dを無言で見続けた。 「あそこで倒れている――」  店員Dは、ぼうっとした表情で、さっき男が這いまわっていた辺りを指差す。何人かの客が、倒れている人達を助け起こそうとしていた。  遠目だが、その人達の足には、血が付いているように見える。 「あの客も――噛まれてる。だったら――」  店員Dの胸にワイパーが突き付けられた。 「お前がやれよ」  店員Dはワイパーをしばらく見つめ、もぎ取った。  ********************************  上りエスカレーターにベンチを放り込んだところで、客が騒ぎ出した。  振り返ると、入口に客が殺到していく。  扉が開かれたのだ。  店員Dはワイパーを捨てると、人の波に飛び込んで入口を目指した。  肩を押され、足を踏まれ、店員Dはよろけた。  と、背中に衝撃が走り、床に倒れる。 「屑野郎」  誰かがそう言って、思い切り足を振り下ろした。  入口をようやく潜ろうとしていた女子大生は、枯れ木が折れるような音を聞いた。振り返ると、尿の匂いが鼻に香ったが、それは、ほんの一瞬のことであった。  彼女は外に出ると、強い日差しに目を細めた。
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