15人が本棚に入れています
本棚に追加
第二章:ヤミテラ 2-1:デパート地階:エスカレーター降り口
(編:とりあえずはこれでいいです。少し地味すぎる気もしますので、起きるイベントをそのままにして、銃器や刀剣類を登場させてもいいかもしれません)
(メモ:地階にレストランを設置、もしくは物産展、イベント等で日本刀か。警察官を登場させるか?)
(W:前述通り、この章はライトノベル風に改稿している途中のままである。没になったラストに繋がる伏線は、全て書き換えられているそうである)
悲鳴に振り返ると、エスカレーターを何かが転がり落ちてきた。
ここはXデパート本館の地下、食品街と呼ばれている場所だ。
俺は大学生で、暇人で、今日もいつものごとく、『まだ』友人である彼女に会いに、クソ暑い六月のまっ昼間、汗だくになりながら、このデパートまでやってきたのである。
何かは、左に右にとぶれながら、低速縦回転で転がり落ちてくる。
なんじゃこりゃ――ああ、悲鳴が聞こえたんだから人間――女性か――と頭が現状を認識するよりも早く、俺はあろうことか、両手を拡げ、足を踏ん張っていた。
特にヒーロー願望があるわけじゃない。
むしろ目立つと色々面倒な事が起きるから、俺は、なるべくグループ内では中間位置にいたいって人間だ。
大体、受け止め損ねたら自分の体重も加算されて、女性共々そりゃもう酷い事になってしまうかもしれないわけで、ベストなのは、もう下に着く寸前だったから、『女性を避け、手摺を華麗に乗り越える』あたりであろう。
いや、俺の運動神経じゃできないか……。
だけど――
ともかく、俺は両手を拡げてしまったのだ。
誰かが、危ない、とか叫んだ気がした。その瞬間、女性の体が――足をつっぱったのか、何処かにぶつけたのかは判らないが――びょーんと『跳ねた』。
視界一杯に水色のワンピースが拡がり、うおおおっと叫びが聞こえ、それが自分の声だと気がついて、それが妙にツボに入ってしまって、俺は吹き出した。
なーに叫んでんだ、俺wwww
自分の行動に草を生やした瞬間、柔らかい物が顔いっぱいに押し付けられた。
白い壁と黒いエスカレーターが、照明の光を渦巻かせながらぐるぐると回転し、軽い衝撃の後に、背中にじゃぐじゃぐした固くて冷たい金属の感触が拡がった。
ああ、これは、あれだ、エスカレーターの降り口のなんかギザギザしたやつが背中に当たってるんだ……。
俺は、ほーっと息を吐く。
人助けって……キャラじぇねーことしちゃったな。
ピンク色の花を連想させる、きっつい香が漂わせた、胸の上の熱い塊が、微かに揺れている。いや、揺れているのは、どうやら俺の体のようだ。
心臓が、鼓動が、激しく打っている。
ばたばたと足音がして、頭を動かすと、まだ動いている手摺越しに、『会いたかった顔』が覗きこんできた。
「お客様、大丈夫ですか!? ……って、ダチじゃん! 何やってんの!?」
「あ~、二瓶……こんちは」
俺は上気した顔で、へらりと笑った。
二瓶令子。
友達の友達を介して知り合った、別学科の女性だ。
長い茶髪を後ろで束ね、黒縁の眼鏡に薄桃色のリップ。少し地味目の清潔感のある女性店員――というのは仮の姿で、自宅のアパートは夏でも炬燵が出しっぱなしで、レトロから最新までのゲームハードが乱雑に繋がった巨大モニターが部屋の半分を占めていて、カレーばっかり作ってる中々のダメ人間である。
なんでも、ボーイッシュな口調に、学内では結構人気があるとのことだが、親しくなってみれば判るが、要は――ただ単に思考がオッサンよりなだけなのだ。
彼女の家に、皆で集まってゲームをするようになって、スナック菓子の欠片が付いたジャージでコーラをぐびぐび飲む彼女を、どうやら好きになっているのに気がついたのは、出会いから一年後の、二年生になったこの四月だった。
大学卒業まで、まだ半分あるけども、卒論だ就活だと忙しくなる頃には、夜中にキンキンに冷えたビールを飲みながら、『このシリーズはどこで間違った方向に行ったのか』とか『ドット絵はどうしてこうエロイのか』とか真剣に議論することはできなくなってしまうに違いない。
つまりは、そのうち彼女と疎遠になる――そう考えた瞬間、俺の中で、明確に『それは嫌だ!』と抗議の声が上がったのだ。
もしかしなくても、これは恋だ! と考えた。
気づいてしまったからには、告白であろう! と考えた。
ちなみに、俺の名前は安達一重。彼女含め友人一同からは、『ダチ』と呼ばれている。
この『ダチ』から、『カズ君』とか呼ばれる関係に、俺は進展したいのだ!
……しかしまあ、世の中そんなにスムーズに行くなら世話ないわけで、俺は彼女のバイト先にへらへらしながら通いつけ、『仕事の後、ちょっと時間ある?』とか言えずに、今日に至ったわけである。
二瓶は、俺が抱きかかえる形になっていた女性の頭の下に、タオルを差し入れた。
「大丈夫ですか? どこか痛むところは?」
女性は、大丈夫です、と小さく言うと、体をゆっくりと起こそうとした。二瓶はタオルをちらりと見て、女性を軽く手で制した。
「頭の方に切り傷は無いみたいですけど、ちょっとそのままでいてくださいね」
笑顔が引っ込むと、俺にいつもの、ジト目を向ける。
「で、そっちはどう? 君という人間は、体張って人助けるようなキャラじゃないと思っていたが? ブレてるよね? もしかして熱中症? 頭打ったとか? あ、打ったとしたら、人助け後か」
「いや、大丈夫っぽいけど……扱い酷くない?」
いいから寝ていたまえ、と二瓶は俺のおでこを軽く指ではじく。と、同じ制服を着た男性店員が彼女の後ろから顔を出した。
「れい子ちゃん、彼と知り合い?」
「大学の友達です。怪我はないみたいなんで、後回しで」
男性店員は頷くと、女性の後頭部を失礼します、と軽く触った。
「どこか痛い所はありますか? ない? では――救急車が来るまで、そこのベンチで少し休みましょうか?」
男性店員はそう言うと、スマートフォンを取り出した。
女性は五十代くらいのおばさんで、二瓶の肩を借りて、ゆっくりと体を起こすと、俺に頭を下げた。
「ありがとうございます。あの、お礼の方は――」
俺は跳ね起きると、中腰でいやいやと手を振った。
「いやいやいや、別にいいっす。大丈夫っすから……」
二瓶がにやりと笑った。
「いやいや君、せっかくのお礼ですので、気持ちよく受け取っておいたらよろしいのではないでしょうかねえ」
「う、うるせえ、そういうのはいいの!」
二瓶は、ぽかんとしているおばさんに肩を貸しながら、俺の口真似で、うおおっとか言いながら、ニヤニヤしている。
悪い印象を与えたわけじゃないようだけども、しばらくはこれをネタにいじられるなあ……まあ、それはそれで、いいか……。
おばさんは他の店員が持ってきた濡れタオルを受け取ると、後頭部に当てた。
「あ、ちょっとコブになってるかも……」
顔を顰めるおばさんを、二瓶は優しく先導する。
勿論放置されている俺の横で、男性店員があれ? と声を上げた。
「携帯繋がらないな。れい子ちゃんのやつは?」
二瓶はスマホを取り出すと、おや、と小さく頭を捻った。
「圏外ですね。ネットは――いけるっぽいですから、そっちから呼びます?」
男性店員は、いや、固定電話からかけよう、と店の奥に顔を向けた。
その時だった――
「そ、その人よ! その人に押されたの!」
おばさんは大きな声で、さっきまで俺達が倒れていたエスカレーターの降り口を指差した。
最初のコメントを投稿しよう!