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ー「チャーリー、いま忙しいかい?絵本を読んであげようか」
ローレンスは、特別に世話係として任命された青色の囚人服を着たジョンを引き連れていた。まだ17歳の彼は、ある日町の電気屋でうっかりライトをひっかけて倒した際、店主に小さなかすり傷程度の怪我を負わせてしまい、それがなぜか強盗致傷として扱われ、有罪判決を受け服役することとなったのだ。チャールズのような者だけでなく、ジョンのように肌の色によっても理不尽な生き方を強いられている者が、この刑務所には…いや、この町には溢れかえっていた。
「ジョン!」
ようやくドアの向こうの気配に気づいたチャールズは、目を輝かせて「早く早く!」とドアに張り付き、ローレンスが解錠するのを急かした。そして開くなりすぐにジョンの手を取り、ジョンは「転ぶだろ」と呆れたように笑いながら彼に引きずりこまれていった。
彼らは出会ってすぐにいちばんの友達となり、一日おきにジョンが独房へ赴いてチャールズの遊び相手となったり、文字や数字を教えたりしていた。絵本は幼児向けだが、これがふたりに理解できる精いっぱいの本である。ジョンは家が貧しく学校にほとんど行けなかったため、服役してからようやく教育を受けられるようになり、囚人としての日々を喜んで受け入れていた。
兄弟のように仲睦まじく寄り添うふたりに、「3時に迎えにくる」と義務的に言い残し、切なげな顔にほんのわずかな笑みを浮かべ、ローレンスはその場から静かに立ち去った。
意図的とも思われる速さで裁判は終わり、判決は覆らず、死刑は免れなかった。ローレンスは長い「死の廊下」をひとりで歩きながら、重責に蝕まれていくのをひしひしと感じていた。できることなら執行の前にこの仕事を辞めたかった。アルにも昨夜そのことをほのめかしたら、「ちょうどうちが人手不足だから、明日にでも辞めちまえよ」と返された。
だが、進展といえば進展らしいものがひとつだけあった。「アレは泥酔していた故の戯言だ」とかたくなに犯行を否定していたウェインだが、被害者のビアンカに写真を見せたところ、「深く帽子をかぶっていたけど、この男に違いないわ」と断言されたのだ。
暗がりでの犯行ということもあり、決定的な証言にはならないと思われたが、裁判所は膨れ上がる市民の怒りに恐れをなしたか、ウェインにも死刑判決を言い渡したのだ。異例のことだが、単独の犯行であるにもかかわらず、この事件での死刑囚はふたりとなった。ヤングは「これで気が済んだろう」とでもいうかのような顔で取材に応じていたが、過去の栄光や信頼は自らの行動により失墜し、今となってはメディアと国民から袋叩きにされている。
チャールズはなんのために生き、なんのために死ぬのだろう。そう考えるのは周りばかりで、当の本人は毎日楽しげに独房で暮らしていた。自分の命運どころか、死という概念すら理解していないかもしれない。
これまで与えられることのなかった、たくさんのおもちゃや絵本、優しい友達、怒らずに面倒を見てくれる人、あたたかな食事とあたたかい寝床、そして部屋から一望できる美しき海。まもなく死を迎えんとする彼に、ようやく訪れた人並みの幸せ。
悪魔はいつも自分たちの真横にいる。背後には死神もいる。
だが神はいったいどこに隠れ、そしていつまで沈黙を続けるのだろう。
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