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真夜中に馬車が通る
冷たい月明かりに沈んだ森。幹も葉も色彩を失い、蒼の世界にそっと息をひそめる。
その厳かな静寂を打ち破り、今宵もまた聞こえてくるのは、賑やかな馬蹄の音。落ち葉や小石を踏み砕き、牽いてる馬車は、車輪と軸とが擦れ合って、キィキィと甲高い悲鳴をなびかせる。
次第に近付いてくる音に、私は窓辺に駆け寄り、冷たいガラスに額を付けた。
来る。
来る。
やがて私の目の前を、4頭立ての豪奢な馬車がけたたましく駆け抜けていった。馬も黒なら、馬車も黒──いや、月明かりしかないから、本当の色を奪われているのかもしれない。
まるで突風のように跡形もなく通りすぎ、辺りは再び静寂に包まれた。私はふうっとため息をついて窓から離れた。
キャビネットの上にぼんやりと浮かび上がる時計を見る。午前1時。都会ならまだしも、こんな森の中の一軒家は、とうに眠りに落ちている。
私は足を引きずるようにして、部屋の中央に置いてあるベッドへと近付き、スタンドライトを点けると、どさりと腰をおろした。
次に何が起きるか、私には解っている。馬車が通りすぎてからきっかり5分後に──
部屋のドアが遠慮がちに、だが軽快にノックされた。ほら、やっぱり来た。
返事をするより先にドアが開き、暗黒の隙間から、今ではもう見慣れた顔が覗いた。
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