13「土地」

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13「土地」

 文乃さんは言う。 「私は普段自分の力をひけらかすような真似はしませんが、自分に何が出来、何が出来ないかは分かっているつもりです。そんな私の目から見ても、まぼちゃんは……まぼろしさんは桁外れの能力者だと思っています。年齢的なことを考えて、彼女ではなく師匠である三神さんにご依頼したわけなのですが、正直私は今回のケースにおいては彼女を頼る他ないと考え始めていました。まぼちゃんは、実際には、なんと?」  三神さんに詰め寄る勢いの文乃さんを横目に、長谷部さんと岡本さんがこそこそと、 「桁外れ?」 「能力?」  などと囁き合っている。実際にあの地獄を味わっていないからだろう。当事者であり相談者であるにも関わらず呑気なものだな、と僕の目には映った。文乃さんにも彼らの声は届いていたはずだが、彼女の表情がそれどころではないと物語っていた。 「実際にと言ってもなあ。無理は無理としか……」  三神さんは困り顔でうんうんと唸りながら、「とりあえずは、こちらに向かうと言ってくれはしたがね。正直、お嬢には悪いがワシ個人としては来てほしくはないんだよ。危険すぎる」  く、来るのか……。  人を呪えるという十七歳の少女が、ここへ?  だがそんな超常的な存在を持ってしても、地獄の釜の蓋が開いたようなあの「何か」には、やはり太刀打ち出来ないのだろうか。  そこへ、壁際で一同の話を黙って聞いていた池脇さんが割って入る。 「呪いだの能力だの、そんな与太話は一旦脇に置いといてよ。だからなんなんだよ。今あそこのマンションにゃあ、何が起きてるってんだ。それをまず俺やこのオッサンらに説明してみせろ。んーで文乃は、お前はそれをどうしようと思って俺たちをかき集めたんだ」  彼氏?彼氏?  またもや長谷部さんと岡本さんが顔を突き合わせている。その隣では、 「与太……」  はっきりとこき下ろされた三神さんがあんぐりと口を開けていた。  池脇さんの口調は痛快そのもので、悪い方向へ流れっ放しだった場の空気を一発で変えてしまうほどの剛腕だった。見た目も、口調も、住む世界の違い感じさせる人ではあったが、僕はこの池脇竜二という人間を好きになり始めていた。 「マンション全体を現場とする大規模な霊障、悪臭、激臭を伴う霊害。それが何を意味するのかを考えた時に、私はまずこちらの長谷部さんに、ご自身が所有する土地の歴史を調べていただくよう、お願いしました」  居住いを正し、文乃さんは全員に向かってそう話を始めた。 「それはまあ、簡単だったよ」  そう、長谷部さんは言う。  長谷部さんは文乃さんから話を聞いてすぐ、街へ降りて図書館へ向かったそうだ。そこで閲覧できる古地図で土地の履歴を調査した所、すぐに答えが出た。ほんの四十年ほど前まであの場所には何もなく、 「ただの小さな山だった」  というのだ。つまり、山を切り開いて平らな土地に整備し、その場所に今あるリベラメンテの前身となる賃貸マンションが建てられた。それが今から四十年前。やがてオーナーが長谷部さんへと代わり、フルリフォームされて今のマンションへと様変わりしたのが十年前だ。当然名前も変わっている。が、あの土地の歴史は、わずかにそれだけであるという。 「よくある忌み地ではない、ということですな」  三神さんが言う。「そのー、山を切り崩して出来た土地というのはあのマンションだけはなく、あの辺り一帯全部がそうなんですか? いわゆる新興住宅地というか」 「そうです」  三神さんの問いに、長谷部さんが頷いた。 「ここいら一帯、いや、この岡本さんの住んでいる団地がどうだったかまでは調べちゃおりませんが、少なくともリベラメンテの建つ山裾からバス通りと呼ばれる大通り、そこから街へ降りる坂の中腹あたりまではみな、全て山だったようですね」 「四十年ほど前と言えば、まだバブル経済の前だ。景気は確かに良かったように思うが、にしても結構大規模な開発があったんですなあ」  そのようですね、としか長谷部さんも答えようがなかった。文乃さんに言われて土地の歴史を調べようと意気込んだまでは良いが、いともあっさりと答えに辿り着いてしまったのだ。そこから先の事は、長谷部さんも知らないようだった。  僕は何かが気になったが、それが何なのかは分からなかった。 「ずっとこちらにお住まいですか?」  と続けて三神さんが聞く。  いえ、と長谷部さんは首を横に振った。「何故です?」 「あなたは先程、古地図を閲覧して初めて、この辺りが以前山だった事に気づいたんだ、と仰った。ざっと顔ぶれを見渡した限りでは、四十年前から生きていそうなのは私と長谷部さん、そしてこちらの岡本さんだけだ。もしこの辺りがお二人の地元であるならば、古地図なんぞに頼らなくても原風景を覚えていらっしゃったんじゃないか、とそう思いましてな」  それだ。僕が気になったのも、そこである。長谷部さんはまるで他人事のように、「全て山だったようですね」と答えている。そこがなんとなく不可思議に感じられたのだ。  と、その時だった。  なんの前触れもなく、文乃さんが玄関を向いた。視界の中で突如振り向いた彼女の動きに驚き、その視線を追った。辺見先輩が立ち上がり、僕の座っている方へ足早に回り込んで来た。 「な」 「静かに」  岡本さんの不安げな声を押しとどめ、文乃さんが中腰になった。
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