diary5

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「ねーねー鈴花!」 「…なんでしょう?麗美さん」 「あ、またさん付け!しないって言ったでしょ?」 「ご、ごめんなさい…」 「もぉ…ほら、そんな顔しないで!麗美って呼んでみてよ!もしくはれいみんで!」 「れ、れいみ…」 ぎこちなくそう口にする。『れいみん』よりはまだましだ。 麗美は満足げに頷くと、どこからか櫛を取り出した。 「ちょっと動かないでねぇ…」 「?」 何だかよく分からないが、髪を弄られてるらしい。 とりあえずじっとしておく。 「ほんと、鈴花の髪ってきれいだよねぇ…サラサラツヤツヤで」 「…ありがとう」 「ほんと、嫉妬しちゃう…」 「今、何か言いました?」 「ううん、何でもない!羨ましいな~って」 何事か呟いたようだが、よく聞こえなかったので特に気に留めなかった。 「そういえば、麗美さん…前から思っていたのだけど、髪の色明るすぎない?」 「え、えへへ…」 少なからず目をつぶってきたが、やはり生徒会長として指摘してしまう。 実際、麗美の髪色は茶髪に近い金色で、翼を彷彿とさせるものだった。 「…好きな人がさ、茶髪だからさ」 ぽつりと恥ずかしそうに呟く麗美。 彼女が好意を寄せる人もきっと髪を染めているのだろう。 この学校には髪を染める生徒が後を絶たず、苦労させられているのだ。 そのため、茶髪の男子生徒なんて山ほどいる。 「ま、ふられちゃったんだけどね!」 ケラケラと笑い飛ばすように麗美は笑った。何故かその横顔には、黒いのもを感じたが、気のせいだろう。 「でーきた!」 それと同時に、麗美の手が髪から離れた。 「じゃんっ!」 ポーチから取り出した鏡を目の前に差し出され、その姿に驚いた。 「これが…私…?」 鏡に映るのは、見たこともない美少女。髪をハーフアップにし、所々に小さな光るものが編み込まれており、光に反射してキラキラと輝く。前髪を少し垂らして今どきの女子高生、といった感じだ。 「ふふんっ…びっくりしたでしょ?鈴花は元がいいから、こうしたらもっと良くなるんじゃないかと思ったんだ~!」 「…すごい」 「あっ、これこれ!これを忘れちゃダメだよね!」 「んっ!?」 唇に感じた違和感に目を瞬かせつつもその正体に気付く。 「これって…」 「そ!グロス!これがないとせっかくきれいにした意味なくなっちゃうからねぇ」 唇に塗られた光る液体。ほんのりと赤いグロスだった。 「でもこれって、校則違反では…」 「いいのいいの!口紅じゃないんだからギリセーフ!」 「ですが…」 「そんな硬いこと気にしない!」 学校の鏡ともいえる生徒会長ともあるべき者が、このようなことをしても良いのだろうか…。 罪悪感にいさなまれたが、渋々頷いた。確かに校則違反ではない。ギリギリ。 「鈴花可愛いんだから、もっと自信持ちなよぉ」 バンバンと背中を叩いてくる麗美。痛い。でもなんとなく嫌な気はしない。 「あ、りがとう…」 そう、口から自然と言葉がこぼれた。 「お!やっとタメになる気になった?いいよいいよぉ~」 「っ…」 にやりと笑う麗美にしまったと思い、口を塞ぐ。しかし麗美は嬉しそうに顔を綻ばせた。怒っていないのだろうか…。 そんな顔で見上げると、麗美は不思議そうに首を傾げた。 「どうした?もしかして…タメ口使うの初めてだったりして…」 図星だった。幼いころ以来、使った覚えはない。赤面して下を向く。 「そんなわけないか~」と笑う麗美に、こくりと頷くと、目を丸くされた。 「えっ!?マジで!?やばっ…」 「ごめんな…さい…」 「いやいや怒ってるわけじゃなくて、ちょっとびっくりしちゃっただけ」 「…?」 「今までずっと敬語使ってた人なんてそういないからさ…」 「そう、なんですか…?」 「でもこれからは敬語なんて使わなくてもいいからね!だってうちら友達じゃん?」 ———— 友達 またこれだ。この言葉と聞くと心があたたかくなる。 にこっと満面の笑みを浮かべる麗美が、愛おしく思えてくる。 ———— こんな気持ち…知らない…。 かつてない感覚に内心首を傾げつつも、胸に手を当て、もう一度感謝の気持ちを述べた。 「ありがとう…」 いつもよりも、その言葉に温かみを感じた理由は、まだ分からずじまいだったけれど。 ・        ・         ・ 麗美と「友達」になって数週間が経った。もうすっかり打ち解けた(?)のかしょっちゅう愚痴を聞かされるようになった。 「だからさ~…鈴花?聞いてる?」 「あ、ええ…」 「もぉ…何?ぼーっとしてぇ」 頬を膨らませてつんつんと小突く麗美に謝ると、窓の外を見た。 いつも通り翼が花に水をやっているはずだが、今日は何故かいない様だ。 「ん?どったの?」 「いえ…」 「そーだ!麗美!いつもの『アレ』見せてよ!」 「うっ…ここで…?」 「ここでっ」 にこぉっと笑みを浮かべる麗美にたじろぎつつも、仕方なく息を吸う。 「Manschafft so gern sich Sorg’und Mueh’,」 途端にざわついた教室が水を打ったように静かになった。 透きとおった歌声が、教室中に響き渡る。 「Sucht Dornen auf und findet sie, Und Laesst das Veilchen unbemerkt, Das uns am WegeBluet.」 最後のフレーズを歌い終わった時、静かな静寂が訪れた。 冷や汗がつっとこめかみをつたう。 「あ…のぉ…」 「すげえよ!会長!今の何なんだ!?」 「ほんとほんと!一瞬外国にいるのかと思った!」 わっと歓喜の声が上がった。クラスメイトが机の周りに集まってくる。 「え…と…その…」 わらわらと群がり、囃し立てる生徒たちに気圧されて、目を白黒させた。 「でしょー?うちの鈴花はすごいんだからぁ…」 「お前が言うなよ…」 自分事のように鼻を高くする麗美に突っ込みを入れる男子生徒。 じゃれ合う麗美たちに、思わず目元が緩んでしまう。 「ねーねー会長ぉ…今度私たちとも遊ばない?」 「えっ…」 突然の誘いに戸惑っていると、すかさず麗美がやって来る。 「ちょっとちょっとぉ…あんたたちなぁに私の鈴花をナンパしてんのぉ?」 「お~れいみんじゃん~おひさぁ…」 声をかけられた数人の女子生徒と麗美の周りに会話の花が咲く。 確か、麗美と関わる前、麗美と共にいた女子生徒たちだ。 しょっちゅう注意していた記憶しかない。勿論、校則違反で。 そんなことを考えながら眺めていると、いつの間にか話に終着が訪れたようだ。 「そんなわけで、明日隣町のカフェに行くことになりました~」 「えっ…いつの間に…」 「いいよね?鈴花?」 「え…ええ…」 明日は生徒会の集まりもないし、お稽古事もない日だったはず。 そのうえ、運よく母は講習で家を留守にしている。 メイドたちには図書館で勉強すると言っておけば問題ない。 「それじゃ、明日の放課後、駅のホームで!」 「おっけ~」「りょーかい」「わかったよん」「わ、わかりました…」 そんなこんなで、人生初の『友達と遊ぶ』を約束したのだった。
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