幕間Ⅱ 理想と孤独

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幕間Ⅱ 理想と孤独

「ただいま戻りました…」 「お帰りなさい。鈴花さん」 今日もまたいつも通りの会話をする。 凛とした佇まいで、小原家として恥じないように…。 それは母の口癖でもあった。 いつも通りメイドに連れられて部屋に行こうとした、その時… 「少し、いいかしら。鈴花さん」 「はい…?」 母に呼び止められた。メイドたちが静々と下がりそのまま部屋で二人きりになった。 「鈴花さん、最近あなた変よ?」 「え…」 唐突に投げかけられた言葉に思考が止まりかける。 「塾の先生も、なんだか集中していないようだって仰っていたわ」 「…」 「あなた、何かあったの?」 見透かされるような視線に心臓が凍り付いたようで…。 「いつもならこんな事、あるはずがないでしょう?」 「…」 「あなたは小原家の長女。そんなことじゃ、世間からの評価が下がってしまうわ」 ———— 小原家の評価、小原家の評価。 母はいつもそればかり。自分のことを考えてくれたことはほとんどないと言っても過言ではないだろう。 「そうでしょう?鈴花さん」 鈴花さん、鈴花さん、いつもこれだ。否定することの許されない鎖のようなもの。 「…母様には、関係のないことです…」 気が付けば、そう口にしていた。 「なんですって…?」 母様のこめかみに青筋が浮かぶのが見えた。 「母様には関係のないことだと言っているのです!」 ———— バチンッ! 次の瞬間、頬に鋭い痛みを感じた。 「母…様…?」 頬を叩いたのは、紛れもない母だった。 「あなたには、がっかりしました」 息を弾ませ、こちらをにらみつける母はいつになく取り乱していた。 その手を着物の袖で隠し、口元に手を当てる。 すぐにいつもの母に戻るとしゃなりしゃなりと部屋の入口まで歩みよった。 「私としたことが…とにかく、あなたも疲れているのでしょう。頭をぉ冷やしなさい」 そう言い残した母は部屋から出て行った。 冷たい、吐息を残して。 「っ…!」 母がいなくなったとたんベットに倒れ込んだ、枕に顔をうずめぎゅっと目をつぶる。 今まであんなに母に逆らったことがなかったはずなのに。 本当に母の言う通り、最近の自分は変だ。何かきっかけがあるはず。 頭の中の思考回路を巡らせ、はっと一つ、思い当たる節があることに気が付く。 ———— 翼。 そうだ、あれと関わってから生活が一変した。 そう思うと惨めな感情が、あとからあとからと押し寄せてくる。 「もう…やめよう…」 その日の夜、鈴花は一睡もすることができなかった。
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