幕間Ⅲ 完璧なお人形

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幕間Ⅲ 完璧なお人形

「背筋が曲がっている!」 「はい!」 あの日から数週間が経ち、早朝の澄んだ空気に、威勢の良い声が響き渡った。 休日だというのにも関わらず、小原家はぴんとした空気が張りつめている。 『アンドロイドガール』こと小原鈴花は母と弓道の鍛錬をしていた。 きりきりと弓を張る鈍い音がより一層集中力を高めてくれる。 ただ一点に視点を合わせて弓を放つ。 ———— カンッ… 硬いものをつく甲高い音を響かせ、弓が的を射抜いた。 「お見事」 そう淡々と告げる母の目線は、性格に的の中心を射抜いた矢を捉えていた。 「ふぅ…」 張りつめていた緊張が一気に解け、思わず息をついた。 しかしすぐに姿勢を戻して母を見る。 「なかなかの出来です。最近調子が戻ってきましたね。やはりあなたは私の娘です」 「ありがとうございます」 満足そうにうなずく母にほっと安堵のため息をついた。 「今日はこれくらいにして、部屋に戻ってお勉強なさい」 「はい。母様」 「いいお返事です」 そう、私は完全で完璧な理想の女の子なのだから。 これくらいは出来て当たり前、当たり前。 それ以上も、以下もない。 手早く着替えを済ませ、部屋に戻ると、机の上に一冊の絵本が置いてあった。 『とげとげ姫とにこにこ王子』 題名にはそう書いてあった。よくある子供向けの童話だ。 こんな絵本、出した覚えはないが、多分メイドが掃除した時に直し忘れたのだろう。 確か、昔、小さいころに母様によく読んでもらっていたような…。 気になってページをめくる。 ———— むかしむかし、あるところに『とげとげ姫』とよばれる美しいお姫さまと、 『にこにこ王子』とよばれるこころやさしい王子さまがいました。 とげとげ姫はいつもむひょうじょうで、にこりともしません。けれども、いつもさびしそうです。 そんな姫を見てかわいそうに思ったのか、にこにこ王子がやってきました。 にこにこ王子はなんとか姫を笑わそうと、いつもおもしろおかしいお話をしたり、おくりものをしたりと毎日のように話しかけました。 そうしているうちに、にこにこ王子は、美しくもはかないとげとげ姫のことがすきになってしまいました。 いっぽう、とげとげ姫はというとこちらも王子のことがすきになっていました。 けれどもなかなかその気持ちをことばにすることができません。 なやんだあげく、姫はおてがみをかくことにしました。 『あなたのことが、ずっと前からすきでした。どうか、このきもちをうけとってください』 そう、したためた、だいじなおてがみを、じじょにもっていくようにたのみました。 そうしてときがすぎ、なぜかにこにこ王子が会いにきてくれなくなりました。 ふあんになって会いににいくと、王子はあのじじょと仲良く話しているではありませんか。 王子はこちらを見ても、かなしいかおをしてすぐに目をそらしてしまいました。 あわてて手紙を見てみると、王子へのわるぐちや、いやなことばがたくさんかきつづってありました。 そう、すべてはあのじじょがたくらんだことだったのです。 「自分の口でつたえればよかったのに…」 とげとげ姫はかなしくて、かなしくて、なみだをながしました。 ———— そして… 「何なんでしょう、この本」 とげとげ姫が涙を流したあたりですぐに本を閉じてしまった。 何故か後ろめたい気分になってしまったのだ。不思議と。 古ぼけたその本を本棚の奥にしまうと、ベットに寝転がった。 「はぁ…」 自然とこぼれ落ちた重いため息に、なんだか気分まで重くなっていく。 ———— これと似たようなことが前にあった気が…。 引っかかる何かが胸の奥で絡まっている。 なかなかほどくことな出来ない『それ』に頭を悩まされつつも、襲いかかってくる睡魔に身を任せて、深い眠りの底に誘われていった。
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