diary4

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diary4

———— 夢を、見ていた。 「おとうさま!」 小さな少女の声、私だ。随分と小さくなってしまったような気がするが…。 「どうしたー?鈴花、そんなに慌てて」 にこやかな声で微笑む、細身の男性。父だった。 病室のベットの上で飛びついてくる私の頭を優しく撫でてくれる。 「あのね、あのね、これね、おとうさまにプレゼント!」 そう言ってベットの上でパッと手を広げる。 すると辺りに花びらが舞い、驚いた顔の父がこちらを見ていた。 そんな父の顔が面白くて、にへっと笑った。 「これね、鈴花がね、お花畑からつんできたの!おとうさま、元気になった?」 色とりどりの花が溢れかえる病室で、小さな私はぴょこぴょこと跳ねる。 そんな私に父は目元を和ませ、ポンポンと頭と撫でてくれた。 「そうか、そうか…ありがとうな…鈴花。おかげですっかり良くなったよ」 「ほんと!?」 わあいと跳ねまわる私を見て、父はぽつりとつぶやいた。 「これで良くなるなら、いいのにな…」 「ん?なあに?おとうさま?」 「いや、何でもないさ…それより、この花」 「お花がどうかしたの?」 こんもりと積もった花の一つ、薄いピンク色の花をひょいとつまんだ。 「これは、ベゴニアだね。花言葉って、知ってるかい?」 「はなことば?」 「お花が示す、意味のことだよ」 「へー…」 よく分からなかったがとりあえず頷いておいた。 「この花の花言葉は、『親切』、『片思い・愛の告白』…そして『幸せな日々』」 「しあわせ…?「あら鈴花、こんなところにいたの?」 そう、言葉を復唱しようとしたその時、病室の扉ががらりと開き若き頃の母が入ってきた。 「おかあさま!」 ぱあっと顔を輝かせ、母の胸に飛び込んだ。 そんな私を母は優しげな赴きで抱きしめると、そのまま手を引いて父のベットに腰かけた。 「よく来たね、そよか」 父は母の顔を見ると、にこりと笑った。 「雄二さんの事が心配で、お稽古を抜け出してしまいましたわ」 そんな父に、母はくすくすと笑うと、ベットの上に散乱する花に目を向けた。 「…これは…?」 「ああ、この花、鈴花が摘んできてくれたんだ」 「鈴花が…?」 母は少し驚いたような顔をして、ピンク色の花、ベゴニアを手にした。 「これは…ベゴニアですね…」 母は、ぽつりとつぶやいた。 「花言葉は…確か…」 「『幸せな日々』。今のようだね」 悩む母に助け舟を出すように、父が重ねて続けた。 「…っ…そうね…」 そんな父の言葉に何故か母は涙ぐんた。 「どうしたの?おかあさま?」 「っ…」 「どこかいたいの?いたいのいたいのとんでいけーっ」 「ありがとう…ありがとう…」 柔らかい髪を撫でると、悲しい匂いがした。 ぽろぽろと涙を流して肩を震わせる母に、父は手を伸ばした。 その細くなった手で、精一杯の力を振り絞り私と母を描き抱いた。 「大丈夫だ。私はどこにも行きやしないから」 いつになく優しいその言葉は、震えていた。 母の手からピンク色の花がこぼれ落ちた。 はらりと花弁が舞う。 昼の木漏れ日が差し込む病室に、甘い香りが立ち込める。 「ええ、私たちは、いつまでも家族なんだから」 赤い目を隠すように、母はふんわりと笑った。  ・          ・           ・ 「…っ…ゆ、め…か…」 いつの間にか寝てしまっていたようだ。 ———— あの後すぐに父は他界した。 いつもと変わらない笑顔で。最期まで、ずっと。 「昔と…変わってしまったんだ」 優しかった母も父が死んですぐ、変貌してしまった。 小原家長男の嫁ということで、世間からのプレッシャーや批判の声が母をいつも苦しめた。 そうしているうちに自分に負い目を感じたのか、娘である私に縋るようになった。 『完璧な女の子』 『小原家の長女』 『できて当たり前』 これを求め、彷徨った挙句、今の私がある。 ———— 母の、為に変わろうとした。 否、変わると決めた。 それが父が他界した年の誕生日。 ———— …そうだ。私も変わってしまったんだ。 変わったのは母だけではなかった。自分も例外ではなかったのだ。 「でも、後悔はない」 暗闇に沈んだ部屋に、朝焼けの光が差し込んだ。 まるで、自分の決意を後押しするように。 部屋の隅に飾ってあった古ぼけた写真に目もくれず、準備をするために部屋を出た。 バタンと音を立てて扉が閉まる。 心に蓋をするように。後押しされた決意を固めるように。             ・          ・           ・ 「おはようございます」 今日も一番に教室に入る。生徒会の資料を整理して、軽く掃除をする。 ふと、窓から中庭を覗いた。 「…っ」 案の定翼が花の手入れをしていた。 いつもはにこにこと鼻歌を歌いながら水をやっている翼も、なんだかしおらしかった。 つい、あの時のことを思い出してしまう。 あの人を膝の上にのせて… 「…ダメダメっ」 今更恥ずかしくなって、ぶんぶんと顔を左右に振り、雑念を紛らわす。 「仕事仕事…」 慌てて黒板消しを手にした。ドキドキと高鳴る心臓を押さえつけてため息をつく。 ———— やはり、あの人の傍にいるとおかしくなる。 関わらないようにしよう…。 硬く心に決めた決意をも傍にいるだけで溶かしてしまう。 要注意人物だ。 ガタガタと机を揺らして席に着くと、本のページを開いた。 その間も気になってしまうのは翼の事。 7時半を過ぎると次々に生徒が登校してくる。 「おはようございます。生徒会長」 「おはよう」 声をかけてくる生徒たちに挨拶を返すと、読書に耽る。 ———ー 陰から送られる、鋭い視線にも気づかずに。
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