diary2

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diary2

休み時間、いつものように中庭で本を読んでいると、聞きなれた声が聞こえてきた。 「おーはらちゃんっ!」 「はぁ…」 鬱陶しいくらい大きい声の持ち主は、もちろん翼。 何故か声は横から聞こえてくる。 きょろきょろと辺りを見回すと、花壇の方からこっちこっちという声が聞こえてくるではないか。 本を閉じてそちらに行くと、泥まみれの翼がいた。 「あなた…何やってるんですか?」 手にはスコップなんて持っている。謎だ。 「え?見ての通り花壇の手入れだよ~」 「へ、へぇ…」 確かに、周りには肥料やら、空のカップやらが散乱している。 「あなた…栽培委員でしたっけ…?」 「うん。まあね~…お花を世話するのって、楽しいよね~」 底抜けの笑顔にはいつも気が抜けてしまう。 「ほんとにあなたって、おかしな人よね…」 「えへへ…」 何故照れているのかは謎だが、このほんわかした雰囲気には、誰だって毒が抜けてしまうだろう。 「まったく…物好きもほどほどにしてくださいよ…」 そう言って周りに散らばったガーデンセットとやらをさりげなく集めておく。 ———— 何やってるんでしょう。私。 ため息をついて花壇にふちに腰かけ、ページをめくった。 微笑みながら花をめでる、翼を目のふちにおきながら。     ・              ・                ・ 「ずっと前から好きでした!私と付き合ってください!」 今回で丁度50回目。オレ、聖川 翼はクラスの女子に告られていた。 「ごねんね、オレ、好きな子いるんだ。」 「ううっ…」 その子の頭をポンポンとなでるとにこっと笑いかける。 「大丈夫、君にはもっと良い人がいるよ」 そう言うとその子は去っていった。 「はぁ…」 出かけたため息を飲み込んで指で頬を上げる。 ため息をすると、幸せが逃げるって言うからね。笑顔笑顔。 女の子にはたくさん告白されるけど、肝心のあの子はからっきり興味ないみたい。 でも、可愛いんだよなぁ…それでいて憂いを秘めているような…。 「あーもう!」 ポコポコと頭を叩いてもそれだけはどうしようもない。 「あっ…お花に水、あげなくちゃ…」 いそいそとじょうろを取り出して水をやる。 まだまだ小さい花たちは、今日もすくすく育ってくれている。 ———— ポチャン… じょうろから流れ出した最後の一滴が水音を立てて落下していく。 「っ…!?」 不意に頭の中に映像が流れていく。 真っ赤鮮血。むせかえるような血の匂い。耳に響く流水音。 『父さん!母さん!』 幼いころの自分の泣き叫ぶ声。 「はぁっ…はっ…」 頭の中がひっくり返されたような浮遊感と吐き気、眩暈、動機が一気に襲ってくる。 「うっ…だれかっ…」 「どうしたんですか!?」 地獄のような風景から一変。光が差す。 かすむ視線をさまよわせ、声の持ち主を辛うじて捉えた。 「おはら…ちゃ…」 「ちょ…大丈夫ですか!?」 声の持ち主は小原ちゃんだった。 小原ちゃんはすぐさま水とおしぼりを持ってきて、オレの頭にのせてくれる。 水を一口飲むと少し、落ち着いた。 「何やってるんですか!?だからいい加減にしてくださいと何度も言ったのに…」 「あ…はは…ごめんごめん…そういうつもりじゃなかったんだけど」 「とにかく、しばらく喋らないでください」 「え…ちょ…小原ちゃん!?」 ふわりと頭が浮かび、次の瞬間柔らかい何かに乗せられる。 ———— なんか…いい匂いする…。 上を見ると、真っ赤になった小原ちゃんの顔。 ———— やっぱり、可愛いなぁ… 風に揺れて、小原ちゃんのサラサラの黒髪が一房、落ちてきた。 さりげなくつかんで弄ぶと、取り上げられた。 「やめてください。それだけ元気ならもう大丈夫ですね」 「え…ちょ…まっ」 容赦なく、ぺいっと放り出される。 「いってて…ひどいよ~小原ちゃん…」 「これだけ看病してあげたんです。もういいでしょう」 小原ちゃんはパンパンと膝をはらって立ち上がると、チラリとこちらを見た。 「また…何かあったら、言って下さいね?」 「小原ちゃん!!」 頬を赤らめて、小原ちゃんはそう言った。ぱあっと顔を輝かせると小原ちゃんはこほんと咳をした。 「…冗談です…」 「えーっ…」 その時、始業のベルが鳴り響いた。慌てたように時計を一瞥し… 「いけない…急がないと…」 「あっ…待ってよ~小原ちゃん~」 そう言って駆け出した小原ちゃんを追いかけたのであった。       ・            ・             ・ その日、私、小原鈴花はいつも通り中庭で本を読んでいると 「ずっと前から好きでした!私と付き合ってください!」 というあからさまな告白が聞こえてきた。 声のする方に行ってみると、なんとそこには翼がいるではないか。 のぞき見はいけない事だが、何故か気になってしまう。何故か。 気配を押し殺してそっと見守ると、翼はどうやら断ったようだ。 翼が女子の頭をなでるとその女子は立ち去った。 ———— 頭を…頭を撫でていた…! どうしてか、そこが気になって仕方がない。 それと同時に胸がチクリと痛んだ。 きゅっと締め付けられるような…切ない痛み。 ———— 何なんだろう…この気持ち…。 女子を振ったことに安心してしまううえに、心が痛い。不思議だ。 首を傾げつつも翼の方に目をやる。 どうやら花に水をやるようだ。 さわさわと頬を撫でる優しい風が吹き抜けていく。 まるで、先ほどの痛みを癒してくれているかのように。 「っ…!?」 突如、翼がうずくまり、苦しそうに喘ぎだした。 「はぁっ…はっ…」 慌てて駆け寄ると、翼は助けを求めるように宙に手を向けた。 「うっ…だれかっ…」 「どうしたんですか!?」 その声に気が付いたのか視線を幾らかさまよわせ、ようやく顔を認識したようだ。 「おはら…ちゃ…」 「ちょ…大丈夫ですか!?」 すぐさまおしぼりと水をくんで持ってくると、おしぼりを翼の額に乗せた。 水を差し出すと、弱弱しくこくりと一口飲んだ。 すると、少し安心したようにふにゃりと顔を緩ませる翼。 だが、そんな仕草も今の自分には怒りの矛先の一部に過ぎない。 「何やってるんですか!?だからいい加減にしてくださいと何度も言ったのに…」 「あ…はは…ごめんごめん…そういうつもりじゃなかったんだけど」 「とにかく、しばらく喋らないでください」 「え…ちょ…小原ちゃん!?」 慌てたような声を遮って、強引に翼を引き寄せると膝の上に頭を乗せた。 ———— 何てことしてるの…私…。 一瞬、頭の中を冷静な判断がよぎったが、この際気にしない。 なんてったって、この人は病人なのだから。そう、病人…病人。 それでもやはり、異性を膝の上に乗せるというのはとても大胆なことなのではないだろうか…。 そう思うと顔に血が上るのを感じた。 初夏の風がそよそよと吹き、髪を揺らす。 ふと、滑り落ちた髪の一部をひょいと掬い取られた。 それはあっという間の出来事で、一瞬何が起こったか分からなくなった。 するすると愛おしむように撫でられる髪。 ———— その時だけ時間が止まったように感じた。 でもそれもほんの一瞬のうち。すぐさま髪を取り上げると、そのまま翼を放り投げた。 「いってて…ひどいよ~小原ちゃん…」 「これだけ看病してあげたんです。もういいでしょう」 膝のほこりを払って立ち上がると、じとーっとした目でにらみつける翼に少しだけ目を向ける。心拍数が、上昇した。 「また…何かあったら、言って下さいね?」 「小原ちゃん!!」 そう言うと翼はぱぁっと顔を輝かせ、こちらを見つめた。そんな瞳に見つめられるのは、やはり弱いのだ。こほんと咳をして気を紛らわせた。 「…冗談です…」 「えーっ…」 そう、今のはほんの冗談。気の緩みだ。 と、そこにタイミング良く始業のチャイムが鳴り響く。 慌てて時計とみるふりをして一歩、踏み出した。 「いけない…急がないと…」 「あっ…待ってよ~小原ちゃん~」 そそくさと駆け足でその場を去る。 ———— 大丈夫、きっとばれていない。 トクトクと早まる胸の音が、聞こえでもしない限り。
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