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ペダルを踏む少女
ガシャガシャと自転車のペダルを踏みつけるように荒々しく漕ぐ。
顔が熱い。私の視界はぼやけて濡れて、その度に瞬きをしないといけない。そして頰が濡れて、鼻水もたれて顔がぐちゃぐちゃになっていく。
こんな顔で外にいるなんてみっともない。恥ずかしい。涙が通る部分だけ冷たくなって、それがより顔の熱をはっきりと感じさせる。
普段なら気にする外見でさえ、今はどうでもいい。どうだっていいんだ。大きく吸い込み、少女は咆哮する。
「うわああああー!!」
夕方、赤く染まる河川敷のサイクリングロードで腹の底から声を上げる。
幸い、周囲に人影はなかった。五分に一台の間隔で近くを車が通るが、車道はサイクリングロードよりも高い位置にある。私なんか見えないはずだ。
今だけ、世界には私一人。いつだって周りに人がいなければ、私は孤独になれる。
だから学校ではよく俯いていた。
人とどう話せばいいのかわからなくて、何の話題がいいのかも知らなくて、拒絶が怖くて人の輪に入れない。
私自身が相手と壁を作っているから、声をかけてくれる人もいない。クラスメイトだろうとまったく会話をしないから、平日に顔を合わせているだけの人となっている。毎朝通学ですれ違う人たちと同じく、見知っているけれど話さない人たち。
もちろん、授業の内容によっては、ペアになったクラスメイトと二、三会話をする。たったそれだけなのに、相手にどう思われるか、自分が悪く見られていないか、不愉快な気持ちにさせていないか不安で焦ってしまい言葉が何度も詰まってしまう。
正解がわからないから怖い。
そして私は変な奴として、周りとの距離がどんどん開いていく。
孤独であった方が寂しくなかった。
春は何も起こらなかった。夏は休みが多くて滅多に顔を合わせなかった。
秋は、最悪だ。
放課後、私は図書室で課題をしていた。他にも生徒がいたがそれぞれが本棚の前に立っていて、椅子はほとんど埋まらなかった。
そこに彼女たちがやってきた。私は知っている。彼女たちはたまに奥の席で、スマホを弄りながら課題をやっているのだ。この学校では生徒の安全のためにと、スマホの携帯が許可されている。放課後であれば操作してもいい。だから気にかけず、目も向けずひたすら課題に集中した。
だが今日は違った。彼女たちは私からちょっとだけ離れた斜め前の椅子を陣取ったのだ。「なぜ定位置に行かないの?」と不思議だった。彼女たちの特等席は空いているのに。
そしてアレが始まった。
「あの子ってよくどもっててさ……変というか気持ち悪い」
「あれヤバイよね!病気かなあ?」
「そんな病気あんの?あーでも、そうなのかも。だって変だし」
「かわいそうだよね。生き辛そうで」
「優しくしてあげなきゃダメだったりする?面倒くさ」
それ全部聞こえているからな?
お前らがこっちを窺っていること、私わかるからね?
「くそがー!!」
少女、二度目の咆哮をあげる。
何でも口に出して非難めいたことを言う人たち。
クラスのある女子が髪型を変えれば「似合っていない」と口に出し、漢字を書き間違えた教師に対して「ダメじゃん」と笑う。
いつもいつも飽きもせず耳障りなほど言葉をその人に聞かせる人たち。聞く相手の気持ちなんて考えもしないのだろう。
「なんでっ、わざわざ!私の近くで、話してんだよ!」
ペダルを踏む足に力を込める。
今日のあのシーンが、擦っても落ちない手についたインクのように頭の中にこびりついている。
わからなければ放っておくか聞けばいいのに、自分たちで無責任に因果関係を結びつけて面白おかしく解釈をする。目についたものに食いつき好き勝手に散らかす、その姿が気味悪かった。
「私のことを何も知らないくせにわかったフリをして喋るな!」
私は変だ。そんなこととっくに気づいている。だからってなんでも言っていいわけあるか!
悪夢だ。今度は私をターゲットにしてきたのだ。胸が痛いほど締め付けられ、汚れは擦った手にも付いて広がっていく。
何も知ろうとしないまま、何も考えず言葉を吐く。直接言う気もないくせに人の繊細な部分を突っつき回すバカ野郎ども!
卑怯で考えなしで、わざわざ私に聞こえる場所で話し始めた悍ましい人たち。
感情が爆発する!頭の中が焼ききれそう。視界も頭も真っ赤に染まる。
どばどばと放流されるエネルギーが足に燃料を注ぎ、もう疲れてやめたい意思に反してペダルを漕がせる。頭では彼女たちを責める言葉を大量生産し続け、その暴言の数とボキャブラリーの豊富さに私は目を剥き、自身から溢れる悪意に頭がくらくらした。
汚い言葉が生まれるたびに何かが心の底に落ちていく。私を形成していた大事な、これらを蓋していた何かが崩れていく。
「(ああ、私ってこんなに嫌な奴だったんだ)」
はあはあと激しく息をする。
自分は違うと思っていた。人にそんなこと考えない善良な人間だと信じていた。
だけど本当は、蓋を開ければ同じだ。私はあいつらと同じように、人を非難していた。あの子たちを心の中でずっと馬鹿にしていたんだ。涙がとめどなく溢れて、ぼたぼたとシャツの襟にシミを作った。
考えを振り払うように自転者のスピードを上げた。
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