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サビ以外おぼろげながら多分、あれはとても良い歌だった。彼がまだ社会運動に傾倒する前に書いた歌である。メロディは比較的すぐ出てきたが、その過程で、ふと自分の記憶はどのくらい昔まで遡ることが可能なのか気になった。すると、小学校二、三年生の頃までは何とか遡れたが、それ以前の記憶はまるですりガラス越しに見る外の景色のように曖昧だった。今が二十だから、実に歩んできたはずの人生の三分の一が失われているということになる。これは驚くべき事実だが、だからと言ってどうしようもないことでもある。
考え込んでいる内に後ろの二人組はいつの間にか眠ってしまったみたいだった。二時間の空の旅は短いようで意外と長い。退屈しないようにと機内に持ち込んだ文庫本は、この夏のイチオシという謳い文句を見て空港内の書店で衝動買いした、或る新人作家の二作目の小説だ。途中までは確かにその作り込まれた筋やキャラクター造形に引き込まれた。しかし、あと半分ほどを残して既に、話の着地点が透けて見えてしまっていて、それでも文章そのものを楽しむという選択肢が残されてはいたが、こうも退屈した気分だとそれは単なる頁をめくる作業に成り下がってしまう危険性が極めて高い。だから栞も挟まずまた来たるべき時に最初から読むことに決めたのだった。
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