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急襲
武具屋で“宇迦之刀”こと、日本刀を手に入れたユウトとそれを貢いだアウロラの二人は、その後ぶらぶらと街を散策した。ご飯を食べたり、街の広さを知るために街をぐるりと一周したり、初対面の街の人と話したり、とにかくこの世界に多く触れた。
そして、気づけば日が傾き、西日が網膜を焼いていた。
「もうこんな時間なの? 今日は魔法の練習しようと思ってたけど、明日に回しましょうか。」
「おー。こんな時間ってどんな時間や? てかアウロラ、明日も付きおうてくれるんか?」
「もうすぐ日が暮れるから、だいたい6時くらいかな? 勿論よ。放っておけないし。」
あ、この世界でも数字で時間表すんや。と言うか放っとけへんて......
「へー。にしても短いように感じたわ。」
「私も。まだ昼過ぎくらいに思ってた。」
「不思議やなぁ〜。時間の流れは同じっぽいけど。」
そう言って空を見上げた。するとどうだ。月が見える。星も見える。そういえば太陽も同じ大きさだったはず。加えて時間の流れが同じ。即ち、一日の日照時間は元の世界と変わらない。そこから導き出される解は。
──ここ、地球ちゃうか......?
別世界に飛ばされたのには変わりないが、思ったよりも事態は複雑なようだった。そもそも、“宇迦之御魂”を日本と見立てた時点で違和感を感じるべきだったのだろう。
ま、ええか。今更考えてもどうせ戻れんしな。てかあの世界におったら死んどったんやろうし......
「──ウト、ユウト。聞いてるの?」
「え? どしたん?」
「ボケーっとして。何してるのって。」
「あぁ、まぁ思うところがあったってだけ。」
「そ。考え事するのは良いけど、ちゃんと歩いてね。逸れたら面倒でしょ?」
「ま、まぁ......すんまへん......」
二人は宮廷へ向かっていた。さっきアウロラが話したように、日が暮れてきたからだ。そう言う決まりがあるわけではないが、店も閉まり、人々は家へ帰る時間。特に見て話して学ぶと言うことが出来ないので、宮廷へ戻るのだった。
「やっぱり魔法の練習した方がいいかな〜。そんな調子じゃいつまで経っても一人で生きていけないし......」
「アウロラのヒモとして生きていくってのもアリやな。」
「いいけど、ちゃんと家事はしてよ?」
「冗談冗談。俺は好きな子は養ってあげたいタイプやからな。」
「ふ、ふーん。へー。」
「何その反応? まぁええけども......」
「仲の良いこったなァ......お二人さんよォ......?」
「あ?」
突然聞き覚えのない声が割り込んできた。背丈は大きいが身は細い。鼻から上を覆う奇妙な面を被り、口には気味の悪い笑みを張り付けていた。
「奇術師!? 火槍!」
瞬時に現れた火の槍が一直線に謎の男へ放たれた。
「クククッ......残念だァ。そんなカスみたいな攻撃当たりァしねェ。だが、ご名答。そして借りてくぜ、この女?」
アウロラが奇術師とやらに羽交い締めにされた。
「何を晒しよるんじゃ!! 俺のアウロラにッ」
「俺の......ねェ? ククク......俺等はアルゴスの墓で待つぜェ。精々この女が傷モノにならないうちに来るんだなァ。勿論一人でだァ......まぁ、ゴミが何人来ようと俺らには敵わんがなァ......クククッ......」
──パチン
そう言い残し、指を鳴らす音とともに彼女と奇術師は姿を消した。
「くッ......煙草吸うといたら良かった......んな咄嗟に吸えるかいなッ!! クソッ!!」
今更煙草に火をつける。一気に頭に血が上ったからだ。彼は頭に血が上ると、ひどく短絡的になることを自覚している。クールダウンしなければ状況の打開は図れない。
だいたいどこやねんアルゴスの墓ってよォ!! 気色悪いピエロ風情が......
──絶対いてこましたるでぇ......半殺し......いや、9割殺しにしたる!!
通常の倍のスピードで煙を吐いていると。
「ちょっとそこの煙草の人、アウロラ様と一緒にいた人じゃないかい? アウロラ様はどうしたんだい?」
見知らぬ老婆が話しかけてきた。
その理由は、例の噂にあった。街中に波及している、煙草を吸っている男が氷の心を持った魔女の冷たい氷の心を溶かしたなどと言う噂だ。
その風説を耳にした住人が街中で煙草を吸う男、ユウトに話しかけてきたのだった。
「ちょっと喧嘩しましてな。ところでお姉さん、アルゴスの墓ってどこかわかります?」
「お姉さんって、お上手ねぇ。アルゴスの墓って、犯罪組織のアルカディアの今の根城じゃないかい。そんな所へ行ってどうするんだい。」
「ええから教えてんか。頼んます。」
深く頭を下げた。
「悪いことは言わな」
「頼んます!!」
その場所以外の情報は一切必要なかった。畳み掛けるように頼み込んだ。
「ふむ......まぁいいかの。急ぎのようだしねぇ。この街を出て、北に向かうと、森がある。その森には広い道が一本真っ直ぐ通っているの。そこを進んでいけば着くはずだよ。」
「そうでっか。北ってどっちでんの?」
「ここから見て宮廷側が東。真っ直ぐ街を抜けるのが西だよ。」
「ありがとうございます。ほな急ぎますんで、これで。」
抑えていた能力を惜しみなく発揮し、全力疾走した。足も身も恐ろしいほど軽かった。身体が浮かないようにギリギリまで前屈姿勢になり、兎に角走った。
街を駆け抜け、北へ北へひたすらに走り続けた。こんな全力疾走の中煙草を吸っているにも関わらず、息の一つも上がらなかった。どう言う事かはとりあえず置いておき、目印である森の中にある真っ直ぐに伸びる広い道とやらを見つける事に躍起になっていた。
森はすぐに見つかった。そして件の道も、運も味方して見つけることが出来た。
──僅かだったが、煙が上がっていたのだ。
誰か焚き火なぞをしているのかと思い、道を尋ねようと向かった結果、そこが広く真っ直ぐ伸びた道だった。
そしてそこにいたのは──
「どうしたの? そんなに慌てて。」
真っ白な髪の可愛らしい少女だった。
「あぁ、ちとこの近くに悪党がおって、そいつらに連れを攫われたんや。お嬢ちゃんも危ないからさっさとどっか行った方がええぞ。」
なぜ少女が一人こんな所で焚き火......キャンプファイアをしていたのかは不明だったが、一応忠告しておいた。
「ほんとに? ここらへんは久し振りに来るからよくわからないのよ。でも、そんな悪党のアジトが近くにあったら、焚き火をしている私のところに真っ先に来そうなものじゃない?」
それもそうだが、奴はアルゴスの墓で待つと言っていた。どうせ有象無象をアジトに固めているのだろう。
「運が良かったな。多分それは今俺が急いでる理由とバッティングしとる。兎に角、ここは安全じゃないからどっか行っとけよ。ほなな。」
背を向け、森の奥へ進む方角へ駆け去ろうとした。が、
「待って。貴方勘違いしてるわ。私は見た目はこんなだけど、もう30年以上は生きてるの。これが証拠。」
手の甲を見せてきた。成る程、ユウトやアクエリアスと同じような痣があった。
「おぉ、お嬢ちゃんも星冠者か。俺もやねん。」
急いでいたが、もしかすると助けてくれる可能性があったため、足を止めた。星冠者は国が総手を挙げて引き留めようとするくらい強力な武力。もう一人加わればまずあいつらを殲滅出来ると考えたのだ。
「そう言う事ね。魔法師や魔導師なら急ぎの場合は転移魔法を使ってるはずだし。それに走ってきたのに煙草を吸ってるなんて、どう考えてもヘンだし。」
「割と冷静な分析ですなぁ。お嬢ちゃんの腕を見込んで、ここはひとつ、助けてくれへんか?」
「キャロル。」
「なに?」
「だから。お嬢ちゃん、じゃなくてキャロルって言う名前があるの。分かる? お坊ちゃん。」
お坊ちゃんって。その見た目では無理やろ......
「わかった。すまんかったなキャロル。俺はユウト。最近この世界に来たからよくわからんねん色々と。」
「そ、まぁいいけど。ここで会ったのも何かの縁だし、着いてってあげるわ。ユウト。」
小さな手を差し出してきたので、ガッチリと握り返した。
「そんなセコイ小悪党くらい、私が居ればちょちょいのちょいでやっつけられるわ。」
「そりゃ頼りになるわ。んじゃ行こか。ちょっと失礼。」
時間もないので、キャロルを抱きかかえて走る事にした。
「え!? ちょっと......いきな、ひぃいいいいい!!!」
いきなり抱きかかえられ、更に加速Gを感じる程の急加速に思わず彼女は叫び声を上げた。
しかし、申し訳ないが構っている暇はなかったので、そのまま真っ直ぐに森の奥へ奥へ走って行った。
「──はわぁっ......」
元気よく叫んでいた彼女だったが、結局途中で気絶してしまった。
ものの数分でアルゴスの墓と思しき奇怪な建物が見えた。蔦に覆われた四角錐の建物に、彼らのシンボルであろう気味の悪いデザインの髑髏がデカデカと描かれている。
見た目はそんな、汚い気持ち悪いピラミッドと言った様子だった。
「見えてきたで......って、おい、大丈夫か?!」
首が座っていない子供のように頭がぐわんぐわんと揺れていた。ペシペシと頰を叩いて意識を呼び醒す。
「ん、なに? 誰? ここどこ?」
「よく思い出せ。移動中に気絶しとったんやろ。」
「あ、そうだったわ!! 事前に言っといてよ、あんな風になるなんて思ってなかったんだから!」
「すまんすまん。時間ない言うたやろ。許してくれ。」
「ま、まぁいいけど......」
なんとなく釈然としないような態度だったが、とりあえず納得してくれたようだ。
「それじゃ、キャロルはここらへんからちょっとずつ近づいてきて。一応、一人で来い言われてるから、ええタイミングで出てきて。」
「ええタイミング?? ま、まぁわかったわ。」
二人で来たとバレると面倒だ。なんとかアウロラを奪還し、主戦力の壊滅の際に協力してもらう事にした。だが、時間を惜しんだとしても伝え方が悪かった。そして、彼女が小悪党と揶揄した相手がアルカディアであった事が更に不味かった。
そんな事には気付かず、敵の本拠地と思しき建物の真正面に仁王立ちを極めた。
「おい!! 出てこいや!! 来たったぞタココラ!!」
出せる限りの大声を出してやった。
「ククク......早かったなァ......早すぎだよお前ェ。楽しむ時間もクソもねえじゃねえかァ。」
奴は一人で堂々とした態度で出てきた。
「有象無象を盾にせんと堂々と出てきた事だけは褒めたるわ。かかって来いやピエロ野郎。」
中指を立てて、煽り立てる。
「お手並み拝見と行こうかァ......新参星冠者さんよォ......クク......」
そう言いながら、手の甲を見せてきた。相手も星冠者のようだ。この世界の強大な存在である星冠者同士の戦闘が今火蓋を切る。
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