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奇術師見参
「お手並み拝見と行こうかァ......新参星冠者さんよォ......クク......」
不気味に嗤う奇術師。見えない双眸の奥から深い闇を感じた。
「アウロラは? 早よ出さんかい。今出したら9割殺しから8割5分殺しに負けたらん事もないで。」
「ククク......威勢がいいなァ......俺を斃せばいい話......そうだろォ?」
「じゃあ容赦せんぞ。コソ泥が!!」
煙草に火をつけ、戦闘態勢に入る。力を抑え込む必要がないので楽な仕事だ。
「ユウト!! ちょっと待った!!」
ところが、すんでの所で邪魔が入る。
「お前なにしてんねん!! 出てくんの早いんじゃ!!」
「だって......あいつアルカディアのボス奇術師じゃない!! 敵いっこないわよ!! そこらのセコイ小悪党と違うのよ!?」
「あ?」
そう、犯罪組織アルカディアはこの世界でもトップクラスに大きい犯罪集団だ。奇術師を筆頭に、各地に多くの支部を置き、人身売買、窃盗、強盗、殺人、暗殺などを請け負って金を儲けている奴らだった。
歴史は長く、70年以上前から悪党として鎮座し、善良な市民から同業者までもを脅かし続けているのだった。
「おいおィ......一人で来いって言ったのによォ......白髪の天使と同行と来たかァ......ククク......まぁ良いかァ......そいつは戦闘に関してそこまでじゃあねェ......人選を誤ったなァ......?」
「どう見ても小物やないか。あんなアホがなにできんねん。アホらし。」
「もう知らないからね......でも、看過するわけにもいかないから、これはせめてもの施し。防御魔法・天」
体に淡く白い光が纏った。膜のような、薄い光。
「これで1回は死ねるわよ。2回目はないけどね。」
「そうか。ありがとさん。」
肩を軽く叩き、礼を言った。
「もぉいいかァ? ククク......俺が直々に叩きのめしてどっちが上かってこと教えてやらァ......」
パチン!!
奴は指を鳴らした。瞬間、──消えた。
「どこ逃げよったんじゃコラ!!」
「逃げてねェ......寧ろ逆だろォがァ......よォ!!」
「──っ!? ウガッ!!」
声が聞こえた瞬間、背後からの重い衝撃がユウトを吹っ飛ばした。文字通り、10m程宙を舞った。
が、なんとか上手く受け身を取り、体制を立て直す。
「......カハッ......ハァ......はぁ......」
先の防御魔法の効果を超えてダメージが入る。息がしづらい。完全に油断した隙を突かれた攻撃。
「ふぅ......すぅ──」
だが、──今からは能力全開の時間だ。煙草を口にし大きく息を吸う。肺に煙が充満する。全身から力が湧き、世界の流れは緩慢になって行く。
「あァあァ......防御魔法の類を掛けてやったようだがァ......今ので解けたんじゃねぇかァ? なァ、白髪の天使さんよォ......ククク......」
ユウトを仕留めたと見た奴は、キャロルの肩に肘をつき、そう語りかけた。
「くっ......相手が悪すぎたわ......」
「気づくのが遅ェんだよクソガキがァ......ククク......後悔先に立たずって言うだろォ? お節介焼きも大概にッ──!?」
御託を並べる下衆男に同じ攻撃を返してやった。凄まじく重い音を皮切りに、背中を頂点にし、くの字に折れて奴らに本拠地であるアルゴスの墓へ一直線にぶっ飛んでいく。
「ふぅ──。大丈夫か?」
「え? え? あ......え?」
なにが起こったのか、起こっているのか全く分かっておらず、小さな顔に付いている大きな目を散らし、おたおたしている。
「あぁ、すまんすまん。びっくりさせたか? ちっと下がっといて。どうせあんなんで死によらんやろ。」
「え? う、うん?......うん。うんうん!!」
挙動不審に首を縦に振り、ちょこちょこと小走りに下がっていった。
「っふッ!!」
「──もうその手は食わんぞ。」
直ぐに同じ攻撃を放ってきたので、突き出して来た足をがっちり握りこんだ。ユウトは、指を鳴らすのが能力起動合図で、恐らく瞬間移動、若しくは死角に移動する能力と判断した。
「なッ──何なんだよォ!! お前はァ!!」
「知らんがな。ボケがッ!!」
足を掴んだ手をそのままに身を翻し、地面に叩きつける。凄まじい地響きと共に骨の砕ける鈍い音が響き渡る。
「ギャッ──、う......グフッ......」
情けない声を漏らし、血反吐を吐いている。
「しぶといなぁ。気絶しとけば楽なもんを。」
勿論、奴は凄まじい痛みに一度気絶していた。が、その凄まじい痛みで覚醒させられたのだ。
「クッ......」
「させるかドアホ。」
奴は起死回生か、逃亡か、何かを企んで指を鳴らそうとした。だが、そんな希望は潰える。鳴らす指がミシ......ぐちゃりと嫌な音と共に操作不能になったからだ。
「ギャアアアア!! ハァ......ハァ......お前ェ......人間じゃねェなァ......容赦ってもん......を知らねェのかァ......?」
「悪党が救いを求めんなよ。仮にもお前が頭やろ? 今までどんな悪事働いて来たんか知らんけどなぁ、これは報いや。お前が俺に接触した事自体が運の尽き。一生後悔して生きるんやな。ゴミ屑が。」
奇術師をゴミのように放り、彼は受け身も取れずにされるがまま地面に平伏す。
「う......女は返す......命だけは......」
「助けてくれって言うんちゃうやろな? 俺みたいな善良な市民に悪党が救いを求めんなって言うたやろ。矜持はないんかお前は...... 兎に角、早くアウロラを解放しろ。これ以上痛い目見たくないやろ?」
「あァ......クソッ......オイ!! さっきの女を出せ!!」
「へ、ヘイ!!」
影から見ていた部下と思しき人物が返事をし、建物の奥へ走っていった。
「お前、なんかしょうもない事しとったら痛い目じゃ済まんぞ。キャロル!! ちょっと来てくれ!!」
遠くから戦況を見守っていた少女を呼び出す。
小さな足でトコトコと走ってくる。
「は、はい!」
「なにを畏まってんねん。別に普通でええっちゅうねん。こいつ縛ってくれへんか? なんかそう言う魔法とか魔術あるやろ。」
「あ、あります! やります!」
「だから、さっきみたいな感じでええって......とりあえずお願いするわ。俺は建物の中見てくるから。」
「う、うん。わか......ったわ。束縛魔法・天」
光輝く線が奇術師を絞るように縛り付けた。
「ウギャッ!! ......ククク......白髪の天使よォ......お前は天使じゃァなく悪魔だなァ......」
「なんとでも言って。貴方にかける慈悲は一ミリも持ち合わせていないわ。」
「チッ......」
「悪態吐くなカス!!」
舐めた態度を取る奴の横腹を蹴り上げた。
「ちょっ!!」
「ギャァ──ッ...!!ゲホッ!......ハァッ......ハァッ......お前......この仕打ちはァ......悪魔もドン引きだぜェ......」
「知らんがな。んなもんおるんやったら連れてこい。この世には神も悪魔もおらんのじゃアホ。」
「本当に容赦ないわね......敵じゃなくて安心したわ......」
ブルブルと震えながら自分を抱きしめ、細い声で彼女はそう言った。
「俺も普段からこんなんちゃうで!? ま、ちゃんと見張っといてな。」
「うん。任せて。」
能力を発動しながら、つまりは煙草を吸いながら建物の中へ入った。アウロラが中々出てこないので、手っ取り早く乗り込んだのだ。
「おい、そこのお前!!」
「は、はい!!」
「ここに絶世の美少女が連れ込まれとるやろ。どこに閉じ込めとるんじゃ。案内せぇや。」
「わかりました......」
都合の良い事に下っ端がいたので、案内を頼む事にした。彼がここにいると言うことは、ボスがやれれたという事だと察していたようで、凄く従順だった。
暫く歩くと、何か言い合いをしているのが聞こえて来た。女性の声だった。
「この声アウロラちゃうんか? おい、急げ。」
「へ、へえ!」
声の元まで走って行く。
「ちょっと!! なにしようって言うの!? 触らないでっ!!」
「違いますよ!! 拘束具を外すだけですって!」
「信用できると思う!? ふざけないで!!」
手を後ろで縛られ、首に何かつけられているアウロラが、さっき奥へ走っていった男と言い合いをしていた。
「おい、なにしとんねんボンクラ。」
「あ、違うんです!! 彼女が暴れてどうしようもないんですよ!!」
「あ! ユウト!? なんでこんな所に!? 奇術師は??」
「表で伸びとる。てかアウロラなんで起きとんのに魔法使わんねん?」
「え!? 倒したの!? それは、......この首についてるやつのせいで魔力が散っちゃってなにも出来ないのよ。」
「外せボンクラ。」
「元からそうしようとしてるんですよ!! これ鍵です。アンタがやって下さいよ!!」
「誰がアンタじゃボンクラが!!」
「──うげぁ!!」
横腹を蹴り飛ばした。壁にバウンドして伸びてしまった。
「ほんま鬱陶しい連中やで。ほら、アウロラ。大人しくしてや。」
「う......うん。」
伸びている男から鍵を奪い取り、彼女の首と手に課せられた錠を外した。
「なんかされたか?」
「別に。と言うか来る早すぎてそんなことされる時間もなかったわ。」
「そか。ま、そりゃ良かったわ。」
「ありがと......ね。助けに来てくれて。」
「気にすんな。俺の好きにしただけや。」
「かっこつけちゃってまぁ。」
「やかましいっ!」
二人仲良く談笑しながら、薄汚い建物から出た。
「ほら、って......お前懲りへんなぁ......」
キャロルの首元にナイフを当てがい、ユウトを待っていた。
「ククク......おいィ......形成逆て──」
男の最大の弱点である金的を思いっきり蹴り上げた。何かを押しつぶすような感触を感じながら天高く足を振り上げた。
「ピギ......!!???!!??!──────うっ......うぅ......」
声にならない声をひり出しながら軽く5m程舞い上がり、落ちて来た。
「キャロル、大丈夫か?」
「へ、平気だよっ。ごめんなさい......油断しちゃって......」
涙目でペコペコと謝ってきた。一々ちょこまかとしていて可愛かった。
「!? 彼女、白髪の天使じゃない!? どこで知り合ったの!?」
アウロラは彼女を見て驚愕の表情を浮かべている。
「その辺。てか、どうする? 奇術師。」
意識はないが、まだ辛うじて息があるゴキブリのような男を指してそう言った。流石に殺すのは忍びないので、加減はしてある。
「こ、これが、あの奇術師!?」
「多分。」
「間違いないわ。面を被っていたけど、あの能力は彼しか使えないもの。」
アウロラの疑問にキャロルが答えた。
「力だけだったらこの国で誰も右に出ない能力のユウト、回復支援専門の星冠者、白髪の天使......これには流石の奇術師もお手上げね......あはは......」
彼女は、困惑の表情を浮かべていた。
それもそのはず、奇術師は70年以上もの間、各地に姿を現し、本拠地を転々とし、世界中で悪事を働き続けて来た男だ。無論、弱い筈がない。だが、世界でも屈指の支援能力・魔導を有した白髪の天使と新参者だが力は強力なユウトの星冠者コンビの前には歯が立たなかった。
そして、この二人の出会い、そこからの結託は世界の均衡を崩す程に脅威的な出来事だった。
「私も貴方の事は知っているわ。アクエリアスの宮廷魔導師、氷の心を持った魔女でしょ?」
「ええ。その名前は好きじゃないんですけどね。」
「私も天使だなんて名前は好きじゃないわ。キャロルって言う名前があるんだもの。」
「これは失礼しました。キャロルさん。」
「構わないわ。アウロラ......で良いのよね? 仲良くしましょ。」
小さな手を決め顔で偉そうに差し伸べた。
「えぇ、ありがとうございます。」
こうして、騒動は収束へ向かって行った。だが、またこれを皮切りにもう一騒動起こることなど、ユウトには予測もつかなかった。
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