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事後処理
「さて、どうするか〜。」
アルカディアの頭を倒したのはいいが、残党がかなりいる。ここ、本拠地であるアルゴスの墓だけでざっと100人。支部を合わせると1万人以上は優にいらしい。
「うーん......とりあえず奇術師は宮廷へ連れて帰るとして......ほかの残党はどうしようかって事よね?」
「こんな大所帯を纏めるのも......ねぇ?」
ボスがやられた事がわかり、わらわらと残党が外へ溢れてくる。束になったとて敵わないと分かっているのか、戦意は無いようで、大人しく下される制裁を待っているようだった。
「兄貴!お困りッスか!?」
すると、一人大男が接近して来た。
「兄貴だぁ?誰やねんお前は。」
「ここの副頭領をやっていたオリバーっス。」
「仮にも一大組織の2番手がへーこらすん......いや、ちょうどええわ。建物から全員出せ。中が空になったらまた来て。」
「ヘイ!!」
元気な返事を残して建物へ入って行った。
「変な奴やな。プライドはないんか。」
「あ、ユウト、彼に残党を纏めさせて、時間はかかるけど徒歩でウェネッツまで戻る?」
アウロラが機転を利かせた提案を出した。
「あ〜、たしかにそれはええかもな。てか、ウェネッツってどこ?」
「あ、ユウト地名全く知らないんだったわね。あの宮廷がある街がウェネッツ。アクエリアスの一番栄えた中心都市よ。」
「そうなんや......そう言えば住んでる街の名前も知らんかったわ......」
無知蒙昧にも程がある。だがまだここへ来て数日何だから仕方がない。
「私はどうすればいいのかしら?」
キャロルが小さな手を挙げて問う。
「いらんかったらどっか行ってもええよ。ま、俺は仲間に加わってほしいと思ってるけど。せっかく出会たんやしな。」
「うーん......そうね。私基本的に回復支援しかできないし、ユウトの支援に回る......確かにその方が良いかもね。
......それに......もし敵に回ったら......本当に恐ろしいし......今までフラフラして来たけど、とうとう、落ち着く時が来たのかしらね。」
「まぁそれでええんやったら着いてこいよ。悪いようにはせんから。」
「じゃ、そうさせてもらおうかしら。改めてよろしくね。ユウト。」
「おう。」
とりあえず理由はともあれキャロルは味方になった。
「こここ......これ、歴史的瞬間なんじゃ......?」
アウロラが目を白黒させながらそんな事を言っていた。
「何を言うとんねん......」
そうこうしていると。
「兄貴ィ!! 中の連中全員外へ出して並ばせましたよ!!」
例の大男、オリバーから任務完了の合図が報せられる。
「そうか。なら一発試し斬りしてみまひょか!」
ずっと手に持っていたが、全く出番がなかった。というか、これで戦うと相手を確実に殺してしまうので、使わなかった。“宇迦之刀”こと日本刀を使ってみる事にした。
「あ、兄貴......まさか......」
「......やっぱり味方になって良かった......ユウトは鬼より悪魔より残虐だわ......」
「そんな残虐性があったなんて......信じられない......」
三者三様にユウトへの畏怖を唱えている。残党を集めて、纏めて真っ二つにしようとしていると思われていた。
「アホか己らは!! どんなサイコやねん俺は!! 斬るんは建物やろどう考えても!! そんな事するんやったら始めっからやっとるっちゅうねん。どんな考え方したらそんな考えに至るんやか......お前らの方が怖いわ......」
それを聞いてユウト以外の人間はホッと一息つき、安心の表情を浮かべた。
「ほんまに斬り倒したろかお前ら......ま、ええけどなッ!!」
小声でぼやきながら、斬れ味を確かめるため、思いっきり振ってみた。
漫画みたいに斬撃飛ばせたりせんかな〜!
なんていう、子供のような事を期待しながら。
すると、凄まじい勢いで風を切る轟音が響き渡る。次の瞬間、その音の正体がアルゴスの墓こと薄汚いピラミッドを斜めに割り、先ほどとは違う轟音が響き渡り、瓦解した。
「うっひょ〜!! 死神になった気分っ!!」
内心、ビビっていたが、それよりも興奮していた。想像の世界が現実になるこの体験をすれば誰でもこうなる。
「し、死神でもそんな芸当できっこないわよ......」
キャロルがその光景を見て呆然としていた。
「俺の世界では死神は斬撃を飛ばす奴もいるとされとるんや。」
間違ってはいなかったが、些か説明が雑すぎた。ただアニメの世界や漫画の世界での話だ。そもそも死神なんていないのだから。
「どんな世界で暮らして来たの......?」
「平和な世界。戦争も殆どなかったぞ。武力行使の、やけど。」
「......ますますわからないわ......どんな世界にこんな人間が生まれるの......?」
キャロルは頭を抱えてブツブツと言い出したので、放っておく事にした。
「どや、アウロラ......ってなんやその顔......」
可愛い顔が台無しになるような、アホな表情。ぽかんと口を開けて焦点の定まっていない目を見開いていた。
「......あの宮廷の時ユウトが能力に気づいていたら国、滅んでたんじゃ......」
「んな大袈裟な!! アウロラはゲサやな!! わっはっは!!」
「あはは......」
その場で本気で笑えたのは事の大きさに気づいていない当の本人、ユウトしか居なかった。
「ほな帰ろや〜!! 腹減ったし。な、そうやろアウロラ、キャロル?」
言いながら刀を鞘に収めた。
「え、そうね。」
「う、うん。」
「なんや元気ないなぁ。そんな腹減ったんか?」
どこか態度がおかしいので、二人の肩をバシバシと叩いた。
「ひぃ!? ちょっと、気安く触らないで!!」
「──っ!? 本当よ! やめてっ!?」
「あ、ごめん......」
なんでこんな嫌われてんの......? 頑張って助けたのに......やっぱ煙草か? この世界でも煙草吸ってたらモテへんのかな......
本気で女子二人に拒否られて本気で落ち込んだ。
理由はユウトの思惑と大きく外れているが、本人は少し抜けているので、そんな事には気づきもしなかった。
「た、煙草か? ごめんごめん。ちっと臨戦態勢? やったからさ、臭かったよな。消すから、そんなイヤイヤせんといて? な?」
煙草を消して最接近してみる。
「ちょっと寄らないでって!!」
「近寄らないで!?」
二人して、さっと身を引いた。
「なんでぇな〜!? あんまりやんか〜こんな仕打ち......クソ!! お前らのせいやぞ!! わかっとるんか!? 俺の気持ちがわかるんかァ!! 今すぐ全員しばき回したらァ!!」
「あ、兄貴!! 落ち着いてくださいよ!! 彼女らは兄貴の力に恐れてあんな態度を取ってるだけッスよ!!」
オリバーが咄嗟にフォローに回る。
「ほんまかいな? 嘘やったら──」
「本当ですって!! ね?! 姉さん方!!」
「え、えぇ......それに、なんか怖いし......」
「ごめんなさい......昨日から偉そうな態度ばかりとって......許してね......」
「もう死のかな......全員殺して......」
あまりの絶望感に、メンヘラの破滅願望のような事を口にした。ただ、現実感がメンヘラの口から出るのと、彼の口から出るものとは違った。
「待って!! 好きなだけ触らせてあげるから!!」
「わ、私の身ひとつで世界が救えるなら......」
「お前らは俺をほんまになんやと思っとんねん!! 離れろ!! もう知らん!! お前ら勝手に帰ってこいよ!! 俺はこいつだけ持って帰るから! 勝手にしろボケ!! もうお前らとは絶交じゃっ!」
再び煙草に火をつけ、奇術師を担いで走った。来た道を走り抜けた。なぜか涙が流れた。
なんでこんな目に遭わな行かんのじゃ!! 俺かて......俺かて......クソッ!!
「ちょっ......もうちょっと丁寧に運んでやくれねェかァ?」
「今の俺はお前にも慈悲深い。聞いたるわその願い......」
「ついでに逃がしてくれやし──」
「調子のんなカス。」
ぴょんぴょん飛びながら帰った。担いでいた男はいつのまにか、また気絶して大人しくなった。
「あぁ......死神のモノマネせんかったら良かった......」
また、そんな的外れな事を思っていた。
────────────────────────────
「姉さん方!! 酷いっスよ! 兄貴の気持ちもわからないでもないでしょうに!!」
ユウトが去った後のアルゴスの墓だった場所でオリバーはユウトの弁護をしていた。
「だ、だって......見たでしょ? あんなの見せられたら......誰も普通に接するのは無理があるわよ......」
「彼は私が奇術師に同情するくらいの仕打ちをしたのよ? 悪党の中の悪党とは言え、生かさず殺さずのあの加減......彼は悪の化身かもしれないわ......」
アウロラ、キャロルそれぞれ彼に盛大な畏怖を抱いていた。
「いや、俺ぁ心は優しそうだと思ったんスけどね。本当に兄貴が冷たい心の持ち主なら、あの時斬ってたのは建物じゃなくて人だったんじゃないっスか?」
「ま、まぁ......確かに......」
「それもそうね......なのに、私達あんな態度とっちゃって......」
大きな衝撃を受けて冷静でなかったのか、オリバーの言葉に耳を傾け、誤解が解け始める。
「そうっスよ。多分兄貴今泣いてますよ。心も痛めてるはずっス。」
「そうね......ちゃんと謝ろう......」
「許してくれるかしら......」
「大丈夫っすよ!! 兄貴は心も器も広い人っすから!!」
どこからそんな根拠が出てきたのかわからないが、オリバーはとにかく彼を買っていた。
「うん。そうね! というか、貴方は今から檻に入るか奴隷になるかの選択肢しかないのに、どうしてそんなに私達に肩入れするの?」
アウロラはそんな疑問を呈した。
それもそうだ。彼はアルカディアの副頭領。どの道この先希望なんてないのに。
「そりゃ、兄貴は男の中の漢だからっスよ。あの人は必ずこの世界を変える人物になるっス。その手助けをして、その変わり目を見たいんスよ。きっといい方向に向かって変えてくれますよ。兄貴は。」
「悪党のくせに、何言ってるんだか。根拠もないし。そんなこと言っても恩赦も何もないわよ。」
「多分、姉さん方にはわかんないっスよ。この浪漫は。ガキの頃に置いてきた少年心が擽られるこの感覚も、男が漢に惚れる、憧れるこの気持ちも。」
彼──ユウトにはそんな魅力があった。漢の魅力が。
「男が好きなの? そういう事? なるほどね。」
わかりっこなかったのだ。アウロラにも。そしてキャロルにも。
「わからないでしょうね。今は。でも、いつか俺が言ってる事がわかる日が来るっスよ。必ず。」
「アホらしい。ユウトに謝らなきゃだし、大規模な転移術式を組んで直接ウェネッツへ帰還するわ。キャロルさん、手伝ってくれます?」
「良いわよ〜。私も早く謝らないと。──」
「「殺されるかも」」
無論、本気ではなかった。二人はそんな冗談を言えるくらいには、彼への誤解は解けていた。
「なんてね。ふふふ。」
「ふふっ! 同じ事思ってたんですね!」
話しながら、その場にいる人間を覆うような魔法陣を描写魔法で描く。光線で描かれる幾何学的な紋様は、夜空に映えて幻想的な景色を作り出していた。
魔法陣を描く事によって、魔法発動における魔力消費を大幅に抑える事が出来る。大規模な転移魔法を使う際に良く使われる手法だ。
さすが、宮廷魔導師と支援専門の星冠者の二人なだけあってものの数十分で夜空に見事な魔法陣を書き上げた。
「転移・天」
キャロルが魔法陣に魔力を込め、転移術式を起動させた。魔方陣は眩い光を惜しみなく放ち、その場にいた全員を包み込んだ瞬間、それごとアルゴスの墓だった場所から消え去った。
こうして無事、本拠地の残党はウェネッツの犯罪者収容施設まで届けられたのだった。
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