宮廷魔導師-赤-

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宮廷魔導師-赤-

「あっ!? ど、どうも、ユウトちゃん。アウロラちゃんに、天使君。早かったわね。」 「ちゃん? まぁええか。あぁ、どうもです。」  客間に入ると、アクエリアスがソファーで足を組みながらゴロ寝していた。割とだらしない一面もあるようだ。  幸い見ていたのはユウトだけだったので、アウロラの彼女に対する信頼を崩さない為にも、胸にしまっておいた。 「あぁ、彼がユウト君ですか? へぇ、とてもアクエリアス様より強そうには見えませんが。」  ふと、声がした方に目を向けると、見慣れない男がアクエリアスの対面に座っていた。 「えぇ、そうですけど。あなた、誰ですか? 初対面なのに結構なご挨拶で。」  失礼なやっちゃな。こっちは己の名前も知らんのに。  流石のユウトも思わず顔を(しか)めた。 「ゾイド? アンタ見たいなのが、何でこんなところにいるわけ?」  そこへアウロラが踊りでる。冷たい声に態度。  これが氷の心を持った魔女(グラギエス・フィーリアレーギス ) と呼ばれる、──本来の姿なのだろうか。 「これはこれは。またキツい女が居たものだ。その物言いは相変わらずだな。え? アウロラよ? いや、こっちの方がいいか? 氷の心を持った魔女(グラギエス・フィーリアレーギス )。」 「──何か言った? もうどっか行ってくれない? 不快なんだけど。」  凍てつくような冷たい声色に、視線を放った。 「フッ。本当に相変わらずで安心したよ。聞く話によると、煙草の男と仲睦まじく街を歩いていたそうじゃないか。彼がそうなのか?」 「......噂か何か知らないけど、ほんとに鬱陶しいんだよお前。一々介入してくんなよ他人の癖にさぁ。優しく言ってやってるうちに黙って消えれば良いものをペラペラペラペラと──」  口調が180度変わった。空気がビリつく。部屋が小刻みに揺れているような錯覚──否、それほど強力な二人の圧がぶつかり合って空気が振動している。  一触即発、というか、爆発まで秒読み状態だ。 「ストップ。──ここは宮廷なのを忘れないで。それに、ゾイド君。アウロラちゃんに傷一つでもつければ、彼も黙って居ないわよ。」  間一髪のところでアクエリアスが止めに入った。 「お手並み拝見......してもこちらは問題ないのですが?」 「彼は昨日の奇術師(トリックスター)征伐の立役者と言うか張本人。痛い目くらいでは済まないわよ。それでも構わないならどうぞご自由に。でも、──此処でそれは許さないわ。」 「まさか......ご冗談を。」 「仲良しのクルードに聞いてくれば良いんじゃないの? 彼に奇術師(トリックスター)の身柄を引き渡したのは、誰でもない、此処にいるユウトだから。」 「君までそんな事を? 馬鹿げてる。何十年世界はあいつに脅かされて来たと思っているんだ?」 「(くど)い。 とっとと失せろって話してんの。早く目の前から消え失せて。」 「恐ろしい女だ。ユウト君も気をつ──」  ──ゆるゆると煙が上がっていた。何処からかは言うまでもない。 「ふぅーっ。大人しく聴いてましたら、ウチのアウロラに良くもやんややんやと言うてくれましたなぁ。大層な挨拶を成されたんですから、こちらとしても、お礼をしない訳にはいかないですよ。」 「ほう? 煙草を吸うのか。そう言えば街で「煙草を吸っている輩に氷の心を持った魔女(グラギエス・フィーリアレーギス )の心は溶かされた。」などと言われていたんだったな。それで? 君に何が出来る? 僕はこう見えても(フランマ)の宮廷魔導師なんだ。君が勝てる相手だとでも?」  一度戻った場の雰囲気が再びピリピリし始めた。 「はぁっ......転移・瓶(アクアズ・テレポート)」  景色は瞬く間に切り替わった。  此処(ここ)は、闘技場。──サダクビア闘技場だ。 「アクエリアス様。お気遣い有り難く。」 「いえいえ、本当に大怪我しても私は知らないからね。」  呆れ返った口調でアクエリアスはゾイドに警告した。 「てんご言わんで下さいよ。手加減ぐらいしますさかいになッ!!」  問答無用で腹に蹴りを入れた。勿論、奇術師(トリックスター)に食らわした時程度に。  蹴り足が深く鳩尾に沈んで行く。威力十二分の前蹴りだ。 「──!?」  呻き声も出せず、一直線に闘技場の客席に飛んでいく。  ドガッ! 鈍い音が響き渡る。 「グァッハ!!」  肺の中の空気が押し出され、情けない声が漏れる。彼に立ち上がる力はもうなかった。そのまま客席に倒れ込み、動かなくなった。 「ユ......ユウトちゃん......て、手加減って知ってるよね?」 「あぁ、“手”加減はするって言いましたけど、”足“加減は約束してませんよ。」  自信満々で屁理屈中の屁理屈をかました。 「て、てんご言いなさんな......」 「使い方うまいでんな! あっはっはっは!」 「笑えないわよ......どうするの? 死んだんじゃないの?」 「まっさか! 奇術師(トリックスター)はピンッピンしてましたよ! この世界の人間って結構身体丈夫なんですんね!」 「いやいやいやいやいや......」 「いやいや言わんで下さいよ。子供ちゃうんですから。」 「基準が......あぁ、もう良いや。あと、敬語は良いわ......私、ちゃんをつけたら心を許したって証だから。それと、アクエリアスって言うのは星座の名前を当てた異名。つまり、仮の名前なの。本当はクッキーって言うの。」 「クッキーってまた可愛い名前で......おぉ、そう言えばユウトちゃんって言うてたな。またなんでいきなり?」  どう言う基準なのだろうか。たった2日の間にどんな心境の変化があったのか。それにしても、ユウトは敬語解禁の際全く遠慮がない。 「じ、実はね。街で二人がデートしてる時、後をつけてたのよ。アウロラちゃんのあんな楽しそうな表情は見たことがないわ。もうそれは心を許してあげな──」  アクエリアス、もといクッキーは、アウロラ大好きっ子だった。妹から離れられないシスコン姉のような、母性のような感情を孕んでいた。 「いやいやいやいやいや!!! デデ、デートって、いやいやいやいやいや〜」 「いやいや言わんでよ。子供ちゃうんだから、だっけ? というか、満更でもないのね......ま、そう言う事。あの天使君は、今後また観察しないと。」 「観察......そういえばさっきつけてたって言うてたな。過保護すぎへんか?」 「だって〜。私のアウロラちゃんが〜。」 「うわ〜、こいつアウコンやん......じゃなくて、あいつの話してへんかったっけ?」  ぶっ飛んでいった彼の元を向いた、が。 「あれ? おらんわ。どこいった?」 「うわっ! まずいわね。まさかとは思うけど......逃げるわよ。転移・瓶(アクアズ・テレポート)」 「え? あ、はや〜い。」  瞬間、客間に戻ってきた。あまりの速さにユウトはアホになっていた。 「ま、彼も流石に諦めるでしょ。」 「ま、あんなんいつ来ても大丈夫やけどな。」  何やら懸念を抱いていたようだったが、もう特に問題ないようだ。 「お帰り! 大丈夫だった?」  キャロルが真っ先に駆けつけてきた。 「おう。なんとか。あれ、アウロラどうしたん?」  部屋の隅で震えながら丸まっていた。 「ユウトが行ってからずっとああなんだよね。終わった、最悪だーって。」  何が終わって何が最悪なのか。さっぱりだった。 「ユウトちゃん。ゴー。」  クッキーに背中を押された。 「え、俺? まぁ、ええけど......」  部屋の隅に行って見ると、ポタポタと床に雫を垂らしていた。 「うぅ......やだぁ......」 「どした? さっきのやつはいてこましたったぞ。」 「そんなのどうでもいいっ!......私はっ、さっきの......」  どうやら、氷の心を持った魔女(グラギエス・フィーリアレーギス )としての側面(?)が問題のようだ。 「あぁ〜、さっきは恐ろしかったなぁ! 腰抜かすおもたわ!」 「うぅっ......やっぱり......」 「なんや? 何がそんな気に食わんのや......」 「き、嫌いにならないの? あんな汚い言葉遣いしちゃった私......の事。」  確かにお淑やかな女の子がする言葉遣いではなかった。だが、この懸念は杞憂に終わる。 「はぁ? そんなことでよくもまぁメソメソべそかいて......心配返せ!」 「えっ!?」  まさか怒られると思っていなかった彼女は思わず、赤く腫らした目を見開き、鼻水だらだらの顔でユウトを見上げた。 「なんっちゅう顔してんねん。可愛い顔が台無しや......ほんまに......ほら、ふんっ! ってせえ!」 「ひぇ? ふん!!」  紳士的にハンカチで涙を拭き、鼻をかませてやった。 「ま、マシにはなったな。」 「そ、それより、さっきの......」 「ええやん、別に。嫌いな相手やったら誰でもあんな感じやろ。そんなんで嫌いにならんわ。というか、そんなんで落胆すると思われてるのが嫌やわ。」  言い切り、口をへの字にして溜息を吐いた。 「変なの......」 「なんてぇ?」 「なんでもない!!」 「変なのって言うたやないか!! 誤魔化すな!」 「聞こえてるんじゃない!! 性悪ね!」 「じゃーかましいわっ! 泣き虫!」 「うるさいっ! 人の気も知らないで!」 「知るか! 知れたら苦労せんわ! お前は心読めるんかい!?」 「はぁ......話にならない。」 「話にはなっとるやないか。お前は独り言喋ってんのか?」 「な、呆れて言葉も出ない......」 「出とるやないか。 アホや。」 「アホは──!」 「──! ──!」  一生屁理屈を言い合っていた。 「仲が良いんだか悪いんだか。」  クッキーはやれやれと言った様子で首を傾げた。 「アウロラって昔からあんななんですか?」  キャロルが問いかける。 「彼女はね。──だったわ。詳しい話は、本人から聞く事ね。キャロル君。」 「ま、どんなアウロラでも、私は好きですけど。」 「キャロルちゃん! ちょっと私と話そうか。アウロラについて。」  ──その後、昼間までユウトとアウロラはじゃれあい、アウコンのキャロルとクッキーは語らった。 ────────────────────────────── 「クソッ!! あ、ありえない......この僕が......あんな小童に......油断しただけだ......次は......──。」  (フランマ)の宮廷魔導師ゾイドは、静かに闘志を燃やしていた。 ############################ *てんご・・・悪戯、おふざけ。 *アウコン・・・アウロラコンプレックスの略。
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