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だって人間だもの
「にしても仲良──」
「「くない!!」」
クッキーの発言に、一瞬の狂いもなく同時に速攻で即答した。
「息ぴったりじゃんっ! 爆発しろっ!」
キャロルが妬みの一括を入れる。
「いやまぁ、そんなゴキブリも食べないような痴話喧嘩は置いといて。今回の本題は、褒美を受け取りに来た、でしょ?」
「あ、そういえば......てかゴキブリやったら流石に食いよるやろ!」
「どうだかね〜。兎に角、渡すものは渡さないとこっちも落ち着かないのよ。じゃ、早速行くわね。さん、はいっ。転移・瓶っ!」
クッキーはパンパンと手を叩いた。すると、見たこともない別の景色に移り変わった。
「え? 何処なんここ? 家?」
「ひっっろ〜......なんなのここ......」
ユウトもキャロルもその光景に、感嘆の表情を浮かべた。
辺りを見渡すと、どうやら自分たちは広い部屋の中にいることが分かった。アウロラの家のリビングよりも一回りほど大きい。大体5〜60畳はありそうだ。
「住むところがないんでしょ? ここが、ユウトちゃんの家になるの。この部屋は一階の一番広い所で、他にも地下にも部屋があるし、上の階にも沢山あるわ。どう?」
「どうって......広すぎってか一人でどないせえっちゅうの?」
「わ〜! 凄い綺麗〜!」
「ほんとだね〜。凄いねぇ、綺麗だねぇ。」
キャロルとアウロラは部屋の中をウロウロ物色していた。
見た感じ洋風な造りで、綺麗な木目の板が床に敷き詰められている。床にささくれはなく、丁寧な造りだ。
最低限の家具は備わっていたが、使用感と言うか、多少の経年劣化が見られる辺り、前に誰かが住んでいたであろう事が伺えた。
「この国としても、あれだけの貢献をした人間に、チンケな家に住まわせたんじゃ面子が立たないしね。にしても、過剰過ぎる気はするって言ったんだけど......」
フォーマルハウトが提案したのか、なんなのかは分からなかったが、少し呆れた顔を浮かべていた。
「金もなんもないのに家だけ貰ってもどないせえって言うんや。持て余すわ。」
「でも、ずっと客間に寝泊まりする訳にも行かないでしょ? それに、暫く......と言うか、普通なら一生遊んでられるくらいの資金は預かってるわ。ほい。」
ドンッと目の前に札束が現れた。おおよそ、縦60cm、横80cm、高さ2.5mの札束立方体だ。
「は......? こ、これ......幾らあんねん?」
日本で普通に働けば、一生掛かっても絶対に稼げないほどの現金が目の前に突然現れたのだ。困惑するのも仕方がない。
「50億ベガあるわ。」
「50億!?」
途方も無い金額に驚愕した。
「何を驚いてるの? 私はもっと持ってるわよ。ユウトもそれくらい持ってないと。」
いきなりデカイ声を出したユウトの元に、ウロウロしていたアウロラがそう言いながら近寄ってきた。
「ま、まじ? 50億って言うたら......うめえ棒5億本買えるぞ......」
「何? うめえ棒って。大体、奇術師には各国が国籍、手段、生死全て無条件の懸賞金を掛けてたから、本当はもっと貰って良いくらいなのに。」
「うめえ棒はええねん。それより......あいつの首に幾ら......掛かっててん?」
「この国で50億。他の国も併せたら......100億は下らないでしょうね。しかも今回は総本部を叩いたんだから、きっちり50億ってケチよね。ケチ。」
「おいおい......なんぼと悪いやっちゃねん......俺の住んでた世界やったらどんだけ悪いことしとっても一番高いので確か3億くらいやったぞ......」
確か、映画に出てくるようなロシアの凄腕ハッカーにアメリカのFBIがそれくらいの金額を掛けていたと言う話を、tvか何かで見たことがある。
しかし、一体何をしでかしたらそんな莫大な金額にまで跳ね上がるのか。金銭感覚や、倫理観が元いた世界とは異なっているのだろうか。
「ま〜ま〜、アウロラちゃん。そう言わずに。これは取り敢えずって感じなのよ。流石のフォーマルハウトも、いきなり100億も200億も用立てできないしね。今はこれが精一杯だそうよ。」
帝であるサダルスウドよりも、首相であるフォーマルハウトに決定権がある所を見ると、皇室制度はイギリスや日本のようなものと見ていいのかも知れない。
「まぁいいんですけどね。首相がユウトが何も知らないと思ってやってるなら、ちょっと不愉快だなって思っただけですから。」
「いやぁ......この国滅ぶまで使いきれんやろ......」
もしこれらが兌換紙幣なら経済破綻も遠くはないだろうが。とまでは言わなかった。
「そうでもないかもよ? ユウトが一生慎ましく暮らすつもりならそうかも知れないけど。」
「と言いますと?」
「さっきの赤の宮廷魔導師と名乗ってたバカ、赤の宮廷魔導師ゾイドなんだけど、あいつは金遣いの荒さで有名でね。
見た目や言動に反して毎晩女遊びに博打ばかりして、年間5-10億ベガは溶かしているそうよ。ユウトがそうならなければ、って話。」
あいつそんな奴やったんか......ろくでなしやな......
「なんでそんなアホが宮廷魔導師? になれたん? そんな簡単になれるもんなん、それって。」
「いえ。なれないわ。あいつはクズだけど腕がめっぽう立つのよ。単純な火力だけで言えば、この国では最強だった。それ以外なんの能もないけど、あいつの腕を買われて、年に支払う報酬を聞かせると飛びついてきたんだってさ。」
「金目当てかよっ! クズやな...... てか、宮廷魔導師って、アウロラとそいつ以外には居るん?」
一人ではないと思っていたが、二人だけだとすれば、結構やばそうだ。国の双角を担う一角がアレでは、話にならない。
「ええ。赤はゾイド。青はマーク。緑は私。白はシャルロッテ。黒はキュルマ。計5人がこの国の魔導師の頂点に君臨しているの。この5人の間には特に序列みたいなものはないわ。」
3原色+白黒。なんとも単純明快だ。
「くーちゃんは?」
「く、くーちゃんって......誰?」
アウロラは戸惑った表情を見せた。
「クッキーやん。アクエリアス。」
「え!? なんでその名前知ってるの!?」
「さっき教えてもらったんや。な、くーちゃん。」
「早速渾名で呼ぶとはね......まぁ全然いいんだけどね。そ、さっき教えたのよ。」
やれやれ、と言った様子でくーちゃんことクッキー。クッキーことアクエリアスが答えた。
「いいんですか〜!? その名前知ってる人殆どいないのに! しかもそう呼んでる人なんて殆どいないのに!!」
「え〜、不味かったん?」
「別に? そもそも、格好がつかないって建国の時に付けられた仰々しい女神アクエリアスなんて異名で勝手に呼ばれてるだけだしね。誰もそう呼んでくれとは頼んでないのにね〜。」
アウロラは必死に重大さを解いているが、クッキーの方は罰当たり......ではないが、なんとも無責任な事を言っていた。
「やってさ。んで、くーちゃんはなんかそう言う役職ないの?」
「え......役職っていうか......アクエリアスさんは......女神? だし......」
「50年もずっと女神女神言われてたら頭おかしなりそうやな。俺やったらトンズラしてるわ。」
「ほんとよね。良く耐えてるものね、私。」
「え〜! くーちゃんって呼び方可愛い! 私もそう呼んでいい〜?」
「良いわよ〜。キャルちゃん。」
アウロラとそれ以外の温度差が激しかった。クッキーはいつのまにかキャロルの事を渾名で呼んでいたし、ユウトはに関してはクッキーに対してなんの遠慮もない。
「アクエリアスさん......それで良いんですか......?」
「だって〜、そもそも私も人間だし......」
「た、確かに......」
「良い機会だし、アウロラちゃん......いや、アーちゃんもそんな感じで接してくれない? もう女神もアクエリアスも食傷気味......というより、本当の名前で呼んでほしいんだよね。せっかく......親に貰った名前なんだし、ね。」
女神には女神の悩みの種があるらしい。いきなり崇められる対象になって50年。だが、クッキーの心はまだ乙女だった。
「く......くー、ちゃん。」
「きゃーっ! 可愛いわねアーちゃん。好き好き〜。」
渾名で呼んでくれたアウロラに、抱きついて頬擦りをしていた。抱きつかれた彼女は、照れ臭そうに受け入れていた。もともと二人は、どう言う関係だったのか知らないが、まるで姉妹のようだった。
「きゃっきゃうふふしよって、JKかよお前らは......」
「じぇーけーって何なの、ユウト?」
クッキーを奪われて暇そうなキャロルが寄ってきた。
「女が一番輝いてる時期や......青春を謳歌して、ちょっと色気付き出す。端的に言うたらそんな年頃の女の子の事や。覚えとけ。」
説明がとても面倒臭いので、多少歪曲してキャロルへJKの意味が伝達された。
「女が一番輝いてる時期......!! わ、私も?」
物欲しそうな顔で尋ねてきた。
しゃーないやっちゃなぁ......
「そや。それと、可愛いって言うのはな、正義やねん。しかも可愛いは加算じゃなくて乗算やねん。くっついたらくっついただけ可愛いんや。ほれ、混ざってこい。」
「えっ? ちょっ!!?? きゃっ!!」
ベタベタしているクッキーとアウロラの元へほいっと放り込んだ。
「おー、キャルちゃん。プニプニしてちっちゃくて可愛いねぇ〜。このこの。」
「ほんとだ。うりうり。」
「や、やめてよ〜。ちょっと、二人ともっ〜〜!」
「ふぅ──っ。眼福役得。」
ユウトは、その目に優しい光景に割り込むでもなく、ジロジロ見るでもなく、少し離れた所でぼーっと眺めながら煙草を吸っていた。
「すぅ──っ。ふぅ──。煙草が美味いわ。」
置き忘れてきた青春を省みているような、センチな感傷に一人、浸っていた。が。
「あーっ! 逃げてるよっ! ほら、アウロラ、くーちゃん、ユウトが逃げてるっ!!」
「ほんとだ。こ・れ・は......お仕置きしなきゃね。」
クッキーがシニカルな笑みを浮かべた。突然。なんの脈絡もなくユウトに白羽の矢が立った。
「ん? なんかこっち向いてへんか?」
呟くと、3人走ってきた。速い。速すぎた。
「何何何何!?!? 危ないって、火! 火あるから!! タンマ!!」
瞬く間に囲まれた。とりあえず火傷していけないので、火を消した。
「者共! かかれー!」
「「おー!」」
クッキーの一声で一斉に襲いかかってきた。妙なテンションに陥り、判断力が極度に低下しているようだ。
「甘いわっ! 俺かて生身でも負けへっ──いや、力強っ!? 待って、待ってくれ、何すんねん!? ちょっ、あひゃ、待ってくれ!! それだけは、それだけはあかんねんって!! あひゃひゃひゃひゃ!! やめてくれぇー!!!」
3人の細い腕から繰り出される圧倒的膂力により、あっという間に組み伏せられ、何故かこちょこちょ地獄が始まったのだった。
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