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野望は静かに燃える
「ちょォっと失礼するぜェ......? 新参星冠者ユウトさんよォ......ククク......」
「ピエロ野郎......どないして逃げてきたんや?」
この場に現れる筈のない“奴”が目の前に躍り出た。
ここはユウトの家。今日来たばかりだ。檻の中にいるこいつがそんな事を知る由はない筈だが──
「さァなァ......そんな簡単に言えねェだろォがよォ......?」
正直そんな事は至極どうでも良い。今すべき事は、煙草に火をつける事。──それだけだ。
「そ〜かい。んでお前俺になんか用でもあんのか? 取り敢えずキャロルを離さんかい。関係あらへんやろ。」
「ククク......関係ならあるじゃねェかァ......? お前が目を掛けてるんだからよォ......なァッ! 怪しい動きをすればこいつは最低でも一生顔に残る傷をつける事になるだろォなァ......ククク......」
奴は目敏く火をつけようとする動きを嗅ぎつけ、魔石を蹴り飛ばされた。
「ッ......要件を言わんかいボケコラ!! お前キャロルに傷一つでも付けてみぃ......地獄の鬼でも泣いて許しを乞うような仕打ちを約束したるさかいなぁ......?」
キャロルをヘッドロックしている奇術師に怒声を浴びせる。にも関わらず、奴は飄々としていて、何処吹く風と言った様子だ。
「ククク......まァそう吠えるなよォ......確かに......一騎打ちじゃァ俺に勝ち目はねェなァ......だが、腕利きがもう一人居たらどうだァ......?」
「お前話を聞けよ気色悪い。要件を聞いてんねんぞ。訳のわからん事を──」
瞬間、後ろから重い衝撃がユウトを襲った。広いキッチンの中、宙を舞い、壁に激突する。運良く先程のシチューが入った鍋がクッションとなり、火傷を負ったが、致命傷には至らなかった。
──星冠者として、肉体の強度も向上している事も、もちろん助力していたが──
「──ッカ......」
「炎の狂宴」
聞き覚えのある声が聞こえた。途端、辺りは火の海へと変貌した。
「ヒュ〜♪ 流石は赤の宮廷魔導師ゾイドさんだなァ......いや、やっぱり火遊びゾイドの方がお似合いかァ......」
「あぁ......? ゾイド......ゾイド......あぁ、あの嫌な奴か。お前......売国奴に成り下がったんか?」
記憶から消えかけていた人物を呼び起こす。そう。彼は決闘を吹っかけてきたものの、一発KOされて姿を消した奴だった。
「フフフ......元より俺は雇われなんだよ。金目当てさ。カス共に謙るのも辟易して来た頃合いだ。俺はお前を殺してまた自由になるとするさ! 我慢比べと行くか? まぁどう足掻いても......火の手は広がって行くがな......」
「ククク......さァ......リベンジと行こうかァ......」
木造の棚や床に火が移っていく。気温が急激に上昇し、息が苦しくなる。だが、──火は好都合だ。先程は厳しい目で見ていた奇術師も、加勢で油断しているようだ。
手に隠し持っていた煙草を火に焚べ、片方を燃やす。普通は吸わなければ火はつかないが、長く燃やせば問題ない。多少焦げ臭くはなるがそんな事は言っている場合ではない。
幸い黒煙が上がり、視界に煙が出ても分からない状況。
「ク......クソッ!!......クッ......!!」
悔しがるふりをし、俯いて煙草を咥え、肺に煙を入れる。体に奥底から溢れんばかりの力が湧いてくる。
だが、依然人質を取られていては動くに動けない。何か策を......練る必要がある。
「ククク......い〜い気味じゃァねえかァ......泣いて詫びてみるか?」
「んんんっ! ──ッ!!」
捕まっていたキャロルが、起死回生の一手。頭を押さえつけていた腕に渾身の噛みつきを食らわせた。肉を噛みちぎるほどに強く。奴の腕からは血が滴る。
「ぎゃあああああッ!! このガキィ!! クソッ! 噛みつきやがったァ......クソがァ!!」
「ギャッ!!」
本気の蹴りが繰り出され、小さな体が火の海に投げ出された。
「おいッ! そりゃ不味いぞォ!! 奇術師ァ!!」
人質を不意に手放してしまった。これがどう言う結末を示すのか、ゾイドはその身に刻まれた衝撃を思い出し、叫んだ。
ユウトの心に怒りの炎が燃え盛った。が、こういう状況こそ、心はいつでも冷静に保たねばならない。
刹那の間に頭をフル回転させる。二人を同時に戦闘不能に陥れなければならない。片方でも残ればキャロルが危ない。──いや、キャロルを──
「収納魔法」
「え? ちょっ!?」
「あァ!? 人間をッ──」
「奇術師ァ!!! 早く捕まえろォ!!!!」
──この場から逃せば、簡単な話。未知の空間に放り込んでも、絶対に死にはしないはずだ。無機物のみの保存でないことは今日の買い物の際に野菜や肉を入れて変化がなかった事から分かっている。多少不安だろうが、今、やらねば殺られる。
「シィッ!!」
「グバッ!!──ア──」
即座に反撃に回る。まずは奇術師と共謀した売国奴に重い重い絶命必至の蹴りを放つ。
全力の回し蹴りに身体はへし折れ、破裂音と骨の砕け去る音を響かせながら、壁を貫いて退場した。
「お、おィ......死んじまったんじゃねェかァ......?」
「あかんのか? お前もどの道打ち首なりギロチンなりで死ぬんやからここで死んどくか?」
──パチンッ! 音が響き、姿が消えるが、種は大体割れている。
「ウラァッ!!」
「──ッ!?」
素直に尻尾を巻いて逃げればいい物を、悪足掻きを重ねる奇術師に鉄拳制裁の裏拳を喰らわせた。
鋭い一撃に、顎が砕け、首もおかしな方向に曲がってしまった。
「ら......らられら......らら......ら゛ら゛!! アァ゛゛!!」
「何言うてんのか分からんっちゅうねん。ちゃんと喋れよ鬱陶しい。」
言いながら中指をへし折り、逃亡の余地を完全に潰えさせる。
「ら゛!! ら......あぁ......れら......」
顎が砕け、まともに話せないその男は、両手を挙げ、膝を着いた。降参という事だ。
「そんなんで許せると思うか? 死ねや。」
凄まじい勢いの脚が目の前の男へ迫る。
「あぁ......あ゛ぁ──」
「流石に殺しはなぁ......うん。まぁこの辺にしとこか。」
寸止めだったが、効果は絶大だったようで、奴は気絶してしまった。
目の前の奇術師を担ぎ、3枚もの壁を貫いて伸びていたゾイドも回収した。まだ少し息があるようで安心した。死んでしまっては勿体ない。利用の余地は十二分にあるのだから。
火の手を逃れる為に家を出た。もう既に引き返せない所まで火が回っている。
「まだ一日目やのに......ほんまお前ら死ぬまで搾り取ったるから覚悟しとけや......」
言いながら二人を地面に寝かせた。
「よし。出てこい、キャロルッ!」
正直生き物を入れたらどうなってしまうのか不安だったが──
「あ──。あれ? どうなってるの?」
無事だった。多少火傷が目立つが、おそらく綺麗に治るはずだ。
「ちっと収納魔法の中に入ってもらっとった。どうやった? 問題ないか?」
「う、うん......ただただ暗かった。怖かった......」
「ごめんな。こうするしかなかったんや。」
「うん......いいの。」
不安げな表情を浮かべる彼女をぎゅっと抱きしめた。
「キャロルの作ってくれたご飯も台無しになったし......楽しみにしとったのに。せっかく作ってくれたのになぁ......すまんなぁ。」
「命があるだけで儲けものだよ......って、まだ生きてるの!?」
「殺すのはちょっとな。こいつら使えるでぇ......?」
「え......?」
その発言に、キャロルは大きな目をまんまるにしてユウトの顔を眺めるのであった。
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