異人(アンドラベルト)

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異人(アンドラベルト)

深い海の底に居るような、そんな心地がした。やはり死んだのだろうか? 此処は死後の世界なのだろうか?  あぁ、クソ。なんであんなアホの所為で死ななあかんねん。  はぁ、やりたい事もヤりたい事もいっぱいあったのにな。  まさか童貞のまま死ぬことになるとはな......  さて、痛みもないしここは天国か、地獄か。  天国やったらええなぁ。  思っていると、まるで夢から醒めるかのような感覚に襲われた。一気に意識が現実に引っ張られるような、感覚。 「あぁ!」  声を上げて思い切って起きてみた。 「うぉっ!」  図太いおっさんの声が近くで聞こえた。  人の声?何故?誰? 「おぉ! 目が覚めたか。」  見知らぬ人。見知らぬ場所。 「えぇ、まぁ......」  どうやらベットの上で寝ていたようだった。とりあえず体を起こしてみる。するとどうだ。体のどこも痛まないし、ここは病院の一室には見えない。  コテージのような、丸太で組み上げられた部屋。広さは六畳か八畳くらいだろうか。 「自分が誰かはわかるか?」 「はい。佐々木雄斗って言います。」 「ササキ・ユウトか。どっちが名前なんだ?」 「ユウトが名前で、ササキが......家名? ってとこですかね。」  ここで苗字でなく家名と言ったのは、今話している椅子に腰かけた相手が、古風な洋風な甲冑を纏った赤髪の大男だったからだ。  今時こんな人間おるわけない。絶対なんか──おかしい事なっとるわ。  直感でそう感じ取ったのだ。 「そうか! 俺はラスク・ルークだ。で、どこから来たんだユウトは?」 「どこって、地球......? 日本......? そもそも、ここはどこなんすか?」  ここが日本でない事はよくわかった。名前からして、人種も違う。そして、格好から察するに文明レベルが中世、若しくは戦国時代のようだ。  もしかして、過去へ戻ったんか? 「チキュウ? ニホン? ここはアクエリアスと言う国だ。まぁ知るわけないか。」 「全然知んないですよ。と言いますか、そもそも、そないな国なかったと思うんですけど。」  記憶が正しければそんな国はない。勿論全ての国名を網羅しているわけではないので可能性が無いわけではなかった訳だが。 「まぁ、そのへんは別の方が後で詳しく説明する。」 「は......はい。と言うか、このままやったら、僕どうなるんですか?」  一応アクエリアスが地獄や天国の可能性も考慮して、輪廻転生、若しくは罪が消えるまで罰を繰り返すような、そんな沙汰も頭によぎった。が、「殺される事はないぞ。そこは安心すれば良い。」という一言でその可能性は消えた。 「とりあえず、飯でも食うか? 俺は他の連中にお前のこと伝えてくっからよ。」 「ほんまですか。じゃあ頂きます。」  そう言ってラスクは部屋を出ていった。  割と友好的な印象を受けた。とりあえずそんなに悪い状況ではないようだ。不思議と言葉で意思疎通が図れるようだし。  ただ、記憶が正しければ一度死んでいる。その光景は鮮明に覚えている。猛スピードのワゴン車が目前に迫り、全てがスローモーションに見えた。そして、未だ嘗てない程の衝撃と鈍痛。瞬時に浮遊感と喪失感に襲われ、意識を失った。  この記憶は夢なんか? 妄想なんか?  そんな事を考えるが、窓に映る自分を見る限り死の直前までと同じ姿形。声もおそらく全く同一のものだ。益々自分の置かれている状況がわからなくなり、思考は迷宮入りしていった。 「君が例の異人アンドラベルトか。黒髪黒目に薄い顔立ち。宇迦之御魂ウカノミタマの人々の特徴に似ているが......」 「うわっ、なんなんすかアンタ!?」  考えに浸っていると、いつのまにか先程までラスクが座っていた場所に今度は細身の優男がいた。 「失礼、君に呼びかけたんだけど応えなかったからね。僕はクルード。君はユウト君って言うんだってね。今しがたラスク殿に聞いたよ。」  丁寧な物言いに、所謂イケメンヴォイス。紫の髪に鋭い眼差し。クルードと名乗る男は、10人中10人がカッコいいと言わざるを得ないような容姿の優男だった。  レベル高いイケメンやなぁ......生でこんな奴見たことないわ。 「あぁ、そうですか。そりゃどうも。」 「それでユウト君、容態の方は問題ないかな?」  容態、体の事か。  どこを動かしても問題ない。試しに立ってみたが、特に異常なし。寧ろ好調かも知れない。 「全然大丈夫みたいです。と言うか、僕なんか怪我してたんですか?」  あの事故を受けて体に障害が残らない訳が無い。なら、何故容態なんて事を聞いてきたのか。 「覚えていないのか? 僕が直接見たわけではないけど、酷い有様だったと聞いているよ。」  どうやら予想は外れて、事故のままここへ来たようだった。だが、大きな疑問がよぎった。  現代医療技術を総動員したってここまで綺麗に治るか?  と言う事だった。骨を数本折っただけでも折った骨に依って、その部位は縫った痕や、矯正用の金属を埋め込んだ痕が残る。今回の事故で何本、十数本、もっとかも知れないが、それくらい全身バキバキの地獄絵図だったはずだ。  一体どんな腕利きの医者が力を合わせて俺を助けてくれたんや?  そう思わずにはいられなかった。 「へぇ〜、そうやったんですか。誰かが綺麗に治してくれたって事ですよね?それと、僕ってどんくらい寝てたんですか?」 「傷を治したのは、アウロラと言う緑レフェクティオーの宮廷魔導師と、この国随一の腕利き外科医だ。それと、君が寝ていたのは丸3日と少しだね。」  丸3日と少し......?そんなんあり得るか?逆剥けでも3日では綺麗に治らんはずや。しかも魔導師ってなんやねん。こいつ普通に見えて頭ファンタジーか。  クルードは確かに魔導師といった。魔導なんて単語自体日常会話でまず出てこない。スピリチュアルやファンタジー大好き人間でも、初対面の人間にそんな馬鹿げた単語は選ばないだろう。一体どう言う意味なのか。不思議で仕方がなかった。  仕方がなかったら聞くしかない。 「えっと、ですね。魔導師ってなんの冗談なんですか?この国特有のアクエリアンジョーク的な感じですか?」 「は? まさか、君は魔法や魔術を知らないのか?」  魔法? 魔術? 何の冗談やねん。ふざけんな。迫真の演技しやがって。 「知らんもなんも、そんな代物ないでしょ。この世界──。」  この世界ににそんな物、と言いかけて思った。  ──この世界はまさか別世界......って事か? 「何を言っているんだ君は? 魔法や魔術なんてずっと昔からあるだろう?」  その発言を聞いて、恐らくここが別世界であると言う仮説は検討の余地があると見た。 「僕はその二つを一切知りませんよ。もしかしたら別世界から来たのかも知れないですね。」 「あぁ、それはそうだよ。君は異人アンドラベルトなんだからね。」  アンドラベルト?もしかして宇宙から来た奴を宇宙人とか、エイリアンって言うみたいな感じで、俺は別世界から来たから、アンドラベルトかなんか知らんけどそんな呼び方なんか?  急激に頭が勢いよく回したルーレットのように回り出す。クルードが当たり前の様に別世界から来た人間の存在を受け入れているのも意味がわからないが、それはつまり今回のケースのみではないと言う事だ。  日本で行方不明者は年間約8万5千人。内、拉致被害者や他殺による遺体行方不明、失踪者、所謂夜逃げや高飛びなどが可能性として考えられるが、まさか別世界に飛んでしまったなんて事もあり得るのか......?  そもそもどう言う現象や原因でそうなるのか。2000年以上も人類の歴史はあるが、現代においてもそういう類の研究はされていそうなもの。だがそんな現象の再現はおろか、確認さえされていない。  一体全体どう言う理屈で?  意味のない、益体のない考えばかりが頭の中を駆け巡る。 「おい、大丈夫か? ユウト! おい!」 「え? あ、すみません、ちょっと考え事を......」  いつのまにかラスクが戻ってきていた。 「クルード、ユウトに何を吹き込んだんだ?」 「いえ、少しばかり彼と状況確認を行っていただけです。どうも彼は、我々とは全く違う文明の世界から来たようです。魔法や、魔術といった魔導の知識を全くもって知らないようです。」 「だそうですよ、アウロラ様。」  聞いたことのない名前が出てきた。 「えぇ、でもまぁ異人アンドラベルトがこの世界の常識を知らない事自体はそんなに珍しい事ではないわ。」  耳心地の良い綺麗な声が聞こえた。  すぐさま声の方を見ると、この部屋の入り口にその声の正体、アウロラは立っていた。  その女性は、淀みひとつ許さない深い海のような透き通った群青色の目を宿し、淑やかで気品ある身なりをした流れるように綺麗な金髪を伸ばしている──絶世の美女だった。  美形にも程があるやろ......この世界、今のところ三分のニが顔面偏差値80越えやぞ......最高かよ!!  ユウトは、そんな彼女に見惚れていた。 「で、体の調子はどう?綺麗に治したつもりだけど、もしかしたらおかしい所があるかも知れないんだけど......」  彼女はそう言ってペタペタと体のあちらこちらを触ってきた。 「だっ......大丈夫でひゅ!!」  美女のボディータッチにより、心拍数が急激に上昇し、危険値に達していた。 「だっ......大丈夫なの?顔も赤いし、心拍数がすごく高いんだけど......!?」  彼女はそう言って、額に白く綺麗な手を当ててきた。少し冷たく、柔らかな手。更に体が熱く火照る。 「アウロラ様! そりゃ体調の問題じゃなく、心の問題でしょうよ!!」 「どっ、どう言う事?」  アウロラは何のことか全く判っていない様子で、クルードはそんな彼女を見てやれやれと言った表情を浮かべていた。 「まぁ、そりゃ本人に聞けばいい話です。ほれユウト、飯だ。」  急拵えにしては、割と普通な料理が出て来た。 「あ、どうもです。」 「ね、どう言う意味なの? なんでいきなり顔が紅潮したりするの?」  彼女は理由の解明を諦めていないようだった。 「いやぁ、大した理由じゃないですよ。ただ......その、アウロラさんが綺麗やから......みたいな?」 「綺麗って......ありがと。要するに、照れてたって事?」 「そうですね、そう言葉にされると最高に恥ずかしいんすけど......」  悪気のない言葉が彼を追い詰めていた。 「あ、ごめんごめん。さ、食べなよ。冷めちゃうよ。」 「はい、いただきます。」  恭しく手を合わせ、料理を口に運ぶ。 「あ、いけますねこれ。」 「口に合って良かった。」  味覚が変わっていない限りだが、世界は変わっても、動植物や調理の方法は大して変わらないようだった。 「ご馳走さまです。」  手を合わせ、食事を終わらせた。 「よし。じゃあ、少しこれからのお話しをするわね?」  そうして、この世界の話や、ユウトの境遇が、彼女の口から明かされることとなった。
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