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過ぎ去った想い出の残滓
「なぁ? 優斗、そう思うやろ?」
「あ? せやな。」
突然の問い掛けに、生返事を返した。一体どんな会話をしていたのか、なぜか思い出せない。物凄く違和感が込み上げる。
「なんやその返事は? なんか感じ悪ぅないか? てか、お前さぁ、もっと女の子にも連れにも優しくせえって。だからモテへんねん。目つきも悪いし、口も悪いしよぉ。」
「やかましいわ。ほっとけ。俺は俺を好きになってくれる子と付き合って結婚するんじゃ。」
彼は幼い頃から一緒に歩んできた親友。なんでも気兼ねなく、遠慮なく、垣根なく話す仲だ。だが、大学に入ってからはお互い忙しくてSNSで定期的に連絡を取って、偶の休みが合致した日に呑みに行くくらいだった。だが、今は通っている大学の大講堂に二人。一体何故?
「ブフッ!! ハッハッハッハ!! 一途でええなぁ!! 今時おらんぞそんな奴ぁよぉ? ほんま優斗は優斗やなぁ。ブレへんっていうか、いつまでもガキの頃のまんまっていうか、アホっていうか。」
「しばきまわしたろかいタコお前ぇ。てんご言うなやアホ。」
「てんごなんか使わんって今日日! お前生まれる時代ミスったん? もしかしてタイムスリップしてきた?」
「ドアホ。クソガキの頃から一緒やろが。ずっと──」
ずっと、一緒だと思っていたが、突如の違和感。それは叶わない。いや、あり得ないと感じた。これは確信に近い。
なんや? この違和感はなんやっちゅうんだ?
意味がわからん......なんで、俺はこいつとずっと、一生連れや。結婚しても、就職しても、やのに......
「距離は離れても心は一緒や。覚えとけ。じゃぁな。」
「は? どこ行くねん! 話はまだっ──」
忽然と姿が消えた。
「何......やこれ......なんで置いて行くんや......15年の日々は......嘘やったんかい......?」
何故か涙がこぼれた。別に会えるはずなのに。会おうと思えば、会えるはずなのに。もう一生会えないようで。
「よぉ! どうした? お前がベソかいてるたぁ珍しいなぁ! 話してみろや。」
「ほんまやで、元気出さんかいな! たこ焼き奢ったるさかいな!」
「あ? ベソなんかいとらんわいっ。」
次は突然また親友である二人が現れた。
なんやこれ......意味がわからん......
「俺らは、いつでもお前の味方や。気ぃ張れや。」
「たこ焼きまた焼いたるさかいにな! たこ二個入れたるわ! だから、頑張れっちゅんだ。」
「は? お前ら頭逝ってもうてんか? てんごばっか言いやがって......さっきからなんやねん!?」
そう叫ぶも、また二人は初めの彼と同様に消えてしまった。
「なんやこれ......なんやこれァ!!!!!」
力の限り叫んだ──。
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「ユウト!? どうしたのっ!?」
「あ......? 夢......あぁ......そうか。」
どうやら夢を見ていたようだ。嫌な夢だ。もう会えもしない友人に励まされる夢。克明に覚えているのもまた意地が悪かった。
「大丈夫? あんなおっきな声出して。」
アウロラが心配そうに問いかけてくる。
「おう......ってかキャロル......何してんねん。」
キャロルの太ももの間にユウトの顔がある格好だった。
「すごく魘されてたから......安心できるかなって。」
「そ、っか。ありがとう。」
本気で心配してくれていたようだ。それに、彼は太ももが大好物だったので、本当のところなら大歓迎だった。
だが、どうもそんな気分にはなれなかった。元の世界の残滓が、気持ちを下へ下へと、重く沈めていった。
「あ、ユウトちょっと鼻の下伸ばしてる! キャロルはユウトの事を思ってしてあげてるのに! スケベ! 心配して損したっ!」
アウロラは軽口を叩いて来た。恐らく、わざと空気を和ませようとしてくれているのだ。
「あぁ、心配させて悪かったな。もう大丈夫や。ありがとうな。キャロル。」
──そんな軽口に返答する元気もそこにはなかった。
ユウトは、軽口を受け流し、ベッドから身を起こした。
「──っ。 なんか調子狂うわね。元気だしなさいよっ!」
いつもなら必ず対抗してくるユウトが、変に素直で釈然としなかったようだ。
「アウロラ、みんな辛い過去や、経験に打ち拉がれる時期は、必ずあるものなんだよ。ユウトも、今はそんな時期なんじゃないの。前の世界に、思い残しがない訳じゃないだろうしさ。」
「う......そりゃ......そうだけど......」
キャロルの場合、恐らくは経験から物を言っているはずで、アウロラは星冠者でも転移者でもない。なので、彼女は、それ以上口を開けなかった。
「あーちゃん。気持ちはわかるけど、焦らないで。時間が解決してくれる問題だもの。それ以外、難しい問題なのよね。こればかりは。」
「......」
クッキーがいつのまにか部屋の入り口に立っていた。どうやらアウロラが駆けつけた時について来ていたようだ。
「おいおい、くーちゃん。そんなんじゃないぞ。悔いが無いとは言わんけど、どの道もうあの時縁は絶えてしもうたんや。今は、お前らが居てくれるだけで助かってる。時間がどうのなんか関係あらへんわ。」
全然平気なんだ、と彼は言葉で表すが、その声にもいつものような覇気や、説得力はなかった。
「気丈なことね。でも人間そう簡単に割り切れやしないわ。頭は賢明でも、心は分からず屋なの。それに、辛い時は辛いって言わないと、いつか堰を切ったように負の感情が解き放たれてしまうものよ。」
弱いところを見せまいとする彼の顔を立てるのは誰にでも出来るはずだ。だが、そんな事をこの先続けていけばいつかは瓦解してしまう。薄氷の上に重しを乗せ続ける事と変わらないのだ。
クッキーの、彼女なりの気遣いだった。そんなに格好をつけなくても、幻滅したりしない、と。そう言っていたのだ。
「はぁっ......くーちゃんには敵わんなぁ。でもまだそんな時期ちゃうんだわ。ま、ほんまにしんどなったらそのでっかい胸貸りて泣かしてもらおかな?」
何カップあるのか知らないが、溢れんばかりの豊満なソレを見ながら彼は嘯いた。
「全くっ。敵わないのはこっちだわ。くーちゃんはもう宮廷に戻らないといけないから、今日のところはユウトちゃんの顔を立ててあげるわ。それと、──あまり面倒を起こさないようにね。じゃ、あーちゃん、キャルちゃん。またね〜!」
彼女は宮廷へと帰って行った。
部屋には、三人と、なんとも言えない空気だけが残った。特に、キャロル、アウロラの二人は、物凄く気まずかった。第一声をどちらが出すか。何を言うか。そんな思考が二人の頭の中をぐるぐると巡っていた。
「さ、飯でも食おか。いつまでも突っ立っとる訳にも行かんやろ?」
「あ、うん。」「......そうね。」
二人が考え込んでいる間に、結局当のユウトが空気を変える為に、朝食を食べる事を提案したのだった。
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「そう言えば、俺と一緒にこの世界に転がって来た乗りもんはどこにあるんや?」
朝食を食べ終え、取り敢えずは放っておいたバイクの所在を聞いてみた。あのバイクは、前の世界から連れてきた、言わば最期の残り香だ。想い出も詰まっている。
「宮廷の敷地内にある倉庫に入っているはずだわ。一緒に見に行く?」
「ええんか? 宮廷魔導師って割と忙しそうやけど。」
アウロラが案内を申し出てくれたが、ここの所ずっと付き添って貰っていて申し訳ない気持ちになっていた。彼女の本業は宮廷魔導師。この国屈指の魔導師。こんなところで油を売っている場合ではないんじゃないかと思った。
「別に良いのよ。ユウトの監視が任務、──って訳ではないんだけど、正直、最近は私達、宮廷魔導師は出番が殆ど無いのよね。私たちが活躍できるのは飽くまで戦場や、この国の中で危機が迫った時くらいだもの。
それも、小さいものなら、軍隊や警備隊が大抵やってくれるしね。ユウトが来るちょっと前まではゴタゴタが絶えなかったんだけど、今は、──お陰様で情勢が落ち着いているから。」
ユウトの監視、と言う役目が打診されていたのは事実だが、もし彼が反逆の意を示せば、この国の戦える人間が総出で対抗しても、良いところ痛み分けだ。名目上その役目は消え去った。だから、ここにいるのは、彼女がユウトの側にいるのは、紛れもなく自分の意思だった。
「そうか。まぁ細い事はええわ。じゃあお言葉に甘えさせて貰いまひょか。」
前の世界の唯一の残滓である相棒を取り戻しに、宮廷へ向かったのだった。
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