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星冠者の権能
「じゃあ、少しこれからのお話しをするわね?」
「はい。お願いします。」
彼女は、まず、この世界の情報の中でも、基本的な事を教えてくれた。前提として異人アンドラベルトとは別世界から迷い込んできた、或いは飛ばされてきた人間を指すという事。その別世界というのは、確立された定義があるわけではなく、ただこの世界でないどこかの世界と言う曖昧な定義だそう。
加えて、前の世界と一線を画すもの。魔導の話。この世界では魔法、魔術が存在し、それらを統括したものを指す言葉が魔導。魔法のみを扱える者を魔法師ウェネーフィクスと言い、魔術のみを扱う者は魔術師マギと言うそうだ。そして両方を扱える者は魔導師マーギアーと言い、彼女はそれに当たる。
そして、魔導以外で特殊な能力を持つものがおり、それらを星冠者クラウナーと言い、稀に先天的に、後天的なものは全て異人アンドラベルトに授けられるのだそう。何故、星冠者クラウナーと称すのかと言うと、利き手の手の甲に星座の痣が現れ、星の力と共に神の力を有するかららしい。
「手の甲を見てみてくれる?」
アウロラは、星冠者クラウナーの下りを説明し終えると、そんなことを言ったので、言われた通り見てみた。
「あ、なんかありますね!!」
すげぇ、なんやこれ......三角形や
全く気づかなかった。目が覚めてからも手をみたが、手の平しか見ていなかったのだ。
「そ。貴方は星冠者クラウナーって事になるわね。かなり珍しいのよ? まぁ、異人アンドラベルトが顕現する事自体がかなり珍しいことなんだけどね。」
「へぇ、なんか凄い力とか持ってんすかね、僕?」
「それはわからないわ。何かしらの力は備わっているんだろうけど、力が目覚めるきっかけは様々なのよ。初めから使える人もいれば、なかなか使えない人もいる。でも、大体1週間くらい普通に生活していれば、その鱗片みたいなものを感じることができると思うわ。」
ややこしいなぁ。なんか滅茶苦茶強い能力とかあったらええのにな〜
聴きながら、そんな呑気な事を考えていた。
「そうなんですね。覚えときます。あと、申し訳ないんですけど、ここって、煙草とかって吸っても良いんですか?」
ユウトにとっては、そこそこ重要な問題だった。
「い、良いけど、若いのにえらく渋い趣向があるのね...誰か煙草持ってる?」
「あ、俺持ってますよ。ほれ、ユウト。」
アウロラの掛け声に応えたのは、ラスクだった。
「あ、どうも。」
遠慮なく一本頂いた。差し出された煙草は、当然紙巻きではなく細い葉巻だった。それを吸うために両端を千切った。
「火はどうやって付けるんですか?」
「ほれ。ユウトの世界ではどうだったか知らんが、ここでは、こうやって付けるんだ。」
そう言って、小さなトングのようなもので赤みを帯びた石を摘み、煙草の先端に翳かざしたと思うと、小さな火が上がった。
すかさずもう片方から空気を吸い込み、煙草に火を移す。
「ありがとうございます。」
「何本かやるよ。あとこれも。吸い過ぎるなよ。結構高いんだぜ?」
そう言って、煙草を3本程と、火をつけた石と小さなトングのようなものをくれた。
「良いんですか?」
「構わん。」
彼は世話焼きというかお節介というか、そんな性格をしているようだった。
そして少しまともに吸うと、何故か世界が少しスローモーションに見えた。
強すぎるんかな?この煙草。
煙草をきつく吸うと、頭がボーッとし、クラッとするときがある。そんな感じかと思ったが、どうも様子がおかしい。体から力が漲るような、そんな全能感が体に満ち溢れた。
少し怖かったので、深呼吸をして、煙草を吸うのをやめた。
すると、世界が通常の速度を取り戻した。
「どうしたの?なんか様子が変わったような......」
「いやね、煙草を吸うたら、世界がスローモーション......ゆっくりに見えたんですよ。あとなんていうか......全能感?が溢れたというか。これ大麻とかちゃいますよね?」
大麻に手を染めた事がないからわからないが、そんな懸念が過よぎった。
「違うわよ。大麻はこの国では基本的に禁止されているもの。それより、それって、ユウト、貴方の固有能力じゃない?」
「え、煙草吸ってる時だけ強くなれるみたいな感じなんですかね?」
やとしたらなんとも言えん微妙な能力やな......
「さぁ、私にはわからないけど......」
「そうなんですか。まぁとりあえず置いときましょ。自分で止めといてなんなんですけど、さっきの話の続きを聞きたいです。」
とりあえず後で幾らでも試せるだろうから、置いておいた。
「そうね。そうしましょう。とりあえず、貴方はこの国で保護することになりました。なので、この国の一番偉い人と顔合わせをしましょう。体調も良さそうだし、早速宮廷へ向かいたいんだけど、構わない?」
一番偉い人にいきなり会えるのか。いや、会わなければならないのだろう。もちろんこの状況で断れるはずもなく。
「えぇ、全然大丈夫ですよ。」
当然快諾した。
それから、アウロラ、ラスク、クルードの三人に連れられて外へ出た。外にはラスクやクルードの部下と思われる人間が数人おり、この場所を守るように陣形を組んでいた。
「ちっと待ってな。」
ラスクはそう言ってどこかへそそくさと消えてしまった。
「どこ行ったんですか?」
「ちょっと宮廷まで遠いから、ここから早く移動するために車を取りに行ったのよ。」
車......この世界にもあるんや。どんな見た目なんやろ。
そんな事を思いながら少しばかり待つと、フュンフュンフュンフュンと言う聞いたことのない謎の音が聞こえてきた。
「あれが、この世界の車。魔導機関車マジカルロコモーティブよ。」
魔導機関車マジカルロコモーティブと呼ばれるその車は、見た目はクロスカントリー車と言うのが一番近い。例えるなら、少し古いジープや、ランドクルーザーのような形だ。カクカクとしていて、悪路に強いであろう高い車高が特徴的だった。そして何より、エンジン音が不思議な音だった。どう言う仕組みで動いているのかまるでわからなかった。
「おう、どうだユウト! 初めて見る車は!?」
「いや、車自体は俺の世界にもありましたよ。しかも似たような奴。」
「そうなのか! まぁ乗れよ。」
言われるがまま、後部座席に乗り込んだ。車高が高いので、乗り込むのは少し骨だが、肝心の座り心地は悪くなかった。
「ユウト、ちょっと手を貸してくれる?」
アウロラがそう言って手を差し出してきた。
「はい、どうぞ。引きますよ。せーのっ!」
一気に車内へ引き寄せた。
「きゃっ!」
勢い余ってアウロラがユウトに覆いかぶさる形になってしまった。柔らかい感触と共に、凄く良い匂いが鼻腔を刺激した。
「す、すみません。力入れすぎました......」
「い、良いのよ。意外と、力......強いのね。」
彼女は少し顔を赤くしていた。ユウトはもっと赤くしていたが。
「じゃ、出発しますよ。アウロラ様、ベルトつけておいてくださいね。ユウトもだぞ。」
ラスクがシートベルトをつけるように促した。ユウトの世界のような3点からなる一般的なシートベルトではなく、2点の腰のみを縛り付ける簡易的なものだった。
少し構造を見ようと、まずは、後部座席のドア周りを見た。まず窓は、ボタンで開閉するパワーウインドウではなく、くるくると手動で回すタイプだった。次に運転席を見た。当然ながらオートマチックではなく、マニュアルだった。足元は左からクラッチ、ブレーキ、アクセルの順で並び、シフトレバーの近くにはサイドブレーキも存在した。
見る限り、エンジンの構造以外はおそらく前の世界と然程変わらない。
「そんなに色々見て、何かわかるの?」
車内の構造を確認するユウトに、アウロラがそんな事を聞いてきた。
「基本的な事やったらちょっとだけ。」
車もバイクも自分で出来る修理や整備は自分でやっていたので、ある程度の構造は把握していた。
「前の世界では機械に携わる仕事でもしていたの?」
「いや、そうでもないですよ。ここへ来るまでは学生してましたし。」
「学生だったんだ。結構賢いの?」
「まぁぼちぼちですかね......」
流石に自分で賢いと言うのは憚はばかられた。実際賢いとまでは言えなかったと言うのもある。
「ユウト君は学生だったのか。何を学んでいたんだい?」
クルードが会話に参加してきた。
「経営学ですね。なんか組織の運営とか、管理を勉強してました。」
「へぇ!すごいね!この世界でもその知識は役立つかもしれないね。」
「はは、だと良いですけど。」
実際、経営学と言う学問は他の学問と比べて、出来て間もない。なので、理論が100%確立されているわけではなく、経済学を基にし、心理学などの要素も持っている発展途上の学問だ。
そのため、物理学や化学のように、理論通りにやったからといって、必ずしも成功するわけではない。不確定要素が多すぎるからだ。
「もしかしたら、大きな財産を築けるかもしれないね。」
クルードはそう言って笑った。
「そういえば、皆さんは何なさってるんですか?」
アウロラは宮廷魔導師だと言っていたが、ラスクもクルードもまだ何をしている人間なのか不明だった。
「僕は近衛警備隊隊長を任されている。宮廷の直近と言うイメージを持って貰えば間違いないね。」
「俺はこの国のアクエリアス軍で第1師団の団長をやってる。まぁ、かなりの人数俺の下にいるって事だな。」
クルードは多分警察、ラスクは軍人だった。
「結構すごいんですね、ここにいる三人って。」
「私たちを護衛に回してるユウトの方が実は凄かったりするんだけどね。これが。」
護衛やったんか、この三人は。有り難いけど護衛とかなんか重いような......
そんな事を心の中で思った。
「僕がそんな重要人物? なんですか?」
星冠者クラウナーだか異人アンドラベルトだかなんだか言っていたが、国の主力が三人も揃って護衛とは、なかなかどうして厳重すぎやしないだろうか。
「君の力は、この世界ではそれくらいの扱いを受ける価値があるんだよ。」
クルードはより一層真面目な声色でそう言った。
「全然実感ないですけど......」
その言葉を、──星冠者クラウナーの力を、ユウトが本当の意味で実感するのは、もう少し先の話だった。
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