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顔合わせ
不思議な車に揺られて15分。どうやら宮廷が近づいて来たようだ。
「ユウト、あれが宮廷よ。」
「おぉ......」
思わず言葉を無くした。
彼女が指差す“宮廷”は、街の中心に鎮座している、造形美に富んだ建築物だった。スケールの大きさもユウトが見知っているものとは規格外。日本で言えば、皇居に当たるだろうか。
街並みも、宮廷の近くは他の場所と比べて一貫性を以て整備されており、美しい統一感がより一層、宮廷の造形美を彩っていた。
「一般市民は足を踏み入れる事も憚られる所だ。所作には気をつけてな。まぁ、ユウトは異人アンドラベルトだから大目に見てはくれるだろうがよ。」
「そんな所に僕いきなり連れて行かれるんですか!?」
「まぁ心配すんなって。それに、必要な事なんだよ。」
「はぁ......」
気が重くなって来た。前いた世界では、そんなレベルのお偉いさんと会ったことなど、ましてや、会う機会すらもなかった。偉い人に会った中でも、精々、大学の学長や、教授、講義に来た会社の社長くらいだ。
天皇陛下や総理大臣はおろか国会議員や知事、市長とすら会った事はない。それは当然の事だが。
「大丈夫よ。私達もサポートするから!」
アウロラが背中をポンポンと叩いて慰めてくれる。元気が出てきた気がした。
「さ、もうすぐ着くぞ。気持ちを入れ替えろよ〜ユウト。」
「はい。」
やばい、緊張してきた......
近づけば近づくほどに厳かな雰囲気を感じた。堅牢な警備で固められ、2mを優に超える石の壁が聳え立ち、不届きものを侵入させないと言う確固たる意志を感じさせた。
緊張と不安が募って行く。ラスクが言っていたのだから、とりあえず殺される事はないのだろうが、不敬罪だの何だの言って檻の中でひもじい生活をするのだけは御免被る。
「俺だ。近衛隊長のクルードと宮廷魔導師のアウロラ様、それと例の異人アンドラベルトだ。 あぁ、入るのはこの一台だけで良い。」
ラスクは、門番と思しき男と二、三言葉を交わし、その後再び動き出した。
石壁の向こうは、夥しい数の石畳が敷き詰められており、宮廷の近くには芝生が青々と茂っている。他にも、謎の噴水や、樹木が見えた。
手前の石壁に沿うように、この車と全く同一の型の車が20台ほど敷き詰められており、そこへ車を停めた。
「では、行きましょうか。」
クルードはそう言って、車から降りる事を促した。頷きで応答し、車から降りた。そして、アウロラが降りる時は率先して手を貸した。
「んっしょっと、ありがとう。」
「いえいえ。」
そんなやりとりを終え、宮廷の中へ向かう。先程迄とは打って変わった三人の雰囲気に釣られて、自然と背筋が伸びた。
そして、宮廷の扉の前でまたも門番。その門番は頭を下げ、扉を開いた。所謂、顔パスと言う奴だろうか。
開かれた扉を通り、中へ入った。なんとも華美な豪華絢爛──ではなく、気品を溢れさせる淑やかな作りの落ち着いた雰囲気を感じさせる内装だった。
三人が進むがまま、階段を登り、廊下を歩いた。時折、執事のような人物が一行に頭を下げていた。まるで別世界だ。──まぁ、文字通り別世界なわけだが。
そして、他の部屋よりも少し大きな扉の前で歩みを止めた。どうやらここが目的地のようだった。
「お待ちしておりました。陛下及び首相、女神がお待ちです。」
その扉の前で今まで出会った中で一番年老いた執事がそう言って、扉を開いた。音も立てず、静かに、厳かに扉は開かれた。
「よくぞ参った。入室を許可する。」
その扉の奥から声が聞こえた。
「失礼致します!!」
ラスクが先頭に立ち、声をあげ、頭を恭しく下げ、続いて、クルード、アウロラの二人も同じように頭を下げた。ユウトもそれに倣った。
二、三秒後に頭をあげ、ラスクを先頭に部屋へ入った。
そして、部屋にいた三人の前で跪いた。
「サダルスウド陛下、フォーマルハウト首相、女神アクエリアス様。御目通りありがとうございます。こちら、例の異人アンドラベルト、ユウトに御座います。」
跪いたまま、ラスクはそう言ってユウトの方を手の平で示し、その後アウロラに背中を軽く押され、前に出る事を促されたので、促されるままに前へ出た。
「皆、面をあげい。フォーマルハウト君、女神アクエリアス、後は任せる。」
そう言って、皇帝陛下と思しき彼は、傍観者となった。
「畏まりました、陛下。」「えぇ、畏まりました。」
役目を委ねられた二人はそう返答した。
「ではまず私から、異人アンドラベルトである君に質問をさせてもらうわね。」
彼女、アクエリアスはそう言って近づいて来た。
彼女は、澄んだ海のような眼をした、綺麗な蒼色の髪を肩くらいの長さに整えたショートカットの──またもや美女だった。
マジでこの世界の女の子は顔の造形が神がかってるな......
「はい。何なりと。」
不慣れな敬語に関する情報を総動員させ、失礼のないように努めた。
「では。 まず、どのようにしてこの世界に来てしまったの?」
「不慮の事故......と言いますか。乗り物に乗っている最中、他の乗り物と衝突してしまい、死んでしまったはずなのですが、目が覚めると、どういうわけかこの世界にいたのです。」
どのように来れたかなど分かる筈がない。なので、ここへ来る直前にあった出来事を羅列した。
「ふむ......でも君はこの世界に来た時まだ辛うじて息があったのよ。つまり死んでいない。ひどい怪我をしていたのは、そこの三人から聞いていないの?」
「あぁ......聞きましたけど、僕の記憶だとさっき言ったようになるんですよ。なんせ覚えていないもので。」
「そう。まぁそれは良いわ。意図的に異なる世界間を移動するなんて出来やしないだろうしね。つまり、意図せずこの世界に来て、気づけば君は元の世界から飛ばされて来たって訳ね。」
「はい。そうなりますね。」
念のため確認。一応聞いた、と言ったニュアンスだった。
「ふむ。星冠者クラウナーの件は聞いているのよね?」
そう聞かれて、手の痣の事を思い出し、見せた。
「なんかこれが目印みたいな感じなんですよね?」
「うん。やはり間違いないわね。」
何か合点がいったと言う雰囲気だった。
「北天21星座の一つ、三角座デルトートンの星座の名を冠する資格を持ってる。そう言う事になるわ。」
「そうですか。僕は、その辺りあまり詳しくないのでよくわからないんですが。」
星座って、うお座とか天秤座とかやんな......? 三角座デルトートンて何やろ? 聞いたことないわ。
「どんな能力を持っているかは、まだわからないのよね? 何か......全能感と言うか、そう言う感じたことのない異変が体に起こったりはしていない?」
「感じたことのない全能感ですか? うーん、心辺りが......」
あった。そう言えば煙草を吸った時そんな感覚だったような......
「何かあるの?」
不自然な間に、アクエリアスはすかさずそう聞いて来た。
「えぇ、それがそうとは限らないんですが、煙草を吸ったとき、そう言う感覚があったような......なかったような。」
言い切ってしまうにはあまりに決定打がなさすぎたため、語尾が萎しぼんでしまった。
「ふむ。興味深いわね。能力の発動条件は、当人の癖や、趣向などが多いと聞くわ。 まぁ、星冠者クラウナー自体の母数が多くないから確信はないんだけどね。その煙草を吸うって条件、あとで試してみましょう。
ではフォーマルハウト首相、私の話の続きは後で彼と個人的に行って報告しますので。」
アクエリアスはユウトを差し出して、少し下がった。
「わかりました。では、ユウト君。ここからが本題だ。よく聞きたまえ。」
フォーマルハウトは視線を鋭くし、その視線でユウトを射抜いた。
「はい。」
言葉を違えれば不味いと雰囲気で察せられる程に場には鋭い緊張感が走った。
「星冠者クラウナーと呼ばれる者は、武力では一騎当千。知恵では国の工業や学問水準を一気にあげることができる程の力を持つ。そんな星冠者クラウナーである君を、私たちはこの国の為にも手放す訳にはいかない。
他の国の陣営に傾いてしまえば甚大な損害を被るに等しいからだ。
そこで選択肢を与える。一つ。この国の陣営となり、この世界で生活をする。二つ。敵となって今すぐこの場にいる人間と──命の殺とり合いをするか。二者択一だ。」
殺し合いという不穏な響きに、思わずたじろいでしまう。そして、それが冗談でないことは、後ろから放たれる凄まじい殺気から感じ取れる。とても後ろを振り向くことが出来ないほどの威圧感。──まるで、あの事故で車に衝突する寸前のような、死を確かに感じさせる感覚だった。
しゃ......洒落にならん......折角助かった命やぞ......クソッ!! 選択肢なんかあるかいな......
「も......勿論、協力させていただきますよ。僕は殺し合いなんて御免ですのでね......」
声が震えた。震えたのは声だけではなかったが。
普通に生きていればほぼ100%体感することのない死の前兆を、短期間に二度も味わうとは思わなかった。
「4人共、もう良いぞ。」
フォーマルハウトの一声で、剣呑な殺気は一気に消え去った。
「ユウト君、賢明な判断だ。こちらとしても喜ばしい限り。相応の持て成しは約束しよう。宿も金銭もないだろうからな、暫くは客間に寝泊まりすると良い。衣食住もこちらで保証しよう。」
願ってもいない話だが、それが出てくるまでの過程が過酷過ぎた。
「ど......どうも、ありがとう御座います。」
極度の緊張からの解放に、心の底から安堵した。
「では今日のところは下がると良い。女神アクエリアス、彼に話があると言っていましたね。そこのアウロラと二人でユウトを案内してやって下さい。クルード、ラスクは直ちに職務に復帰するように。以上。全員下がって良いぞ。」
サダルスウドとフォーマルハウト以外は深く一礼し、揃って部屋を後にしたのだった。
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