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忍び寄る影
「ほら。ここが武具屋さん。全部一級品よ。」
そう言って案内されたその店は、広くない店内に、所狭しと武器や防具が敷き詰められていた。映画や漫画で見るような大きな剣からナイフ、鎖帷子、甲冑まで品揃えは多岐に及んでいた。
「いらっしゃいませ、アウロラ様。珍しいですね。お連れの方と見えるなんて。」
店のカウンターにいた若い娘っ子がアウロラに挨拶した。
「まーね。今日はこの子の武器を見繕おうと思ってるの。ちょっと見させてもらうわね。」
「えぇ、どうぞごゆっくり。では、父を呼んで参ります。」
娘っ子は早足で裏方へと消えていった。
「アウロラ様アウロラ様って、そんな偉いお方に俺がタメ口叩いてええんか?」
「ユウトは特別よ。ま、私がそう呼べって言ってるわけじゃないから何とも言えないけどね。」
彼女は少し困った表情を浮かべた。
「俺からしたらただの生意気娘やけどな。ほんま敬語使わんで済んで楽で楽でしゃーない。」
「なっ何よ生意気娘って!! 私はこう見えても18なの。大人なの。わかる?」
「残念、俺は20 歳や。お前が敬語使えって話やねん。」
「年で評価するなんて、言っておくけど、この国ではね、年の功より実績が評価されるのよ!! 何の実績もないミジンコであるユウトは、宮廷魔導師である私に本来は口を聞くのも憚られる存在なんだから!! そこのところ履き違えないで・ね!!」
年功序列社会ではないんか。ええやんけ。にしてもこいつ、いけしゃあしゃあと詰りやがって。宮廷魔導師がなんぼのもんじゃい。
「おいおい、この世界について何の知識もない俺にそんな事言うんか。はぁ......心狭いなぁ、アウロラは。俺は地位と名誉に溺れてしまう人間にはたりたくないなぁ。」
とことん言い返す。
「あ、それは......ごめん......なさい。っては?! 誰が地位と名誉に溺れてるのよ!! これは相応の態度というものなのよ!」
「あぁあ、初めの言葉だけやったら可愛いもんやのに一言も二言も多いな。俺は偉くなっても、腰は低く生きたいね。鼻の高ーい天狗にはなりとうない。」
「むぅ......て、天狗ってなによ。」
悔しそうな顔をして聞いてきた。
「アウロラみたいなやつ。」
間髪入れずに即答。
「そういう事聞いてるんじゃない!!」
「じゃ〜どういう事を聞いてるんや? 丁寧に解説よろしくお願いします。」
「天狗とは? って聞いてるの。概念!! 天狗ってなに!! 生き物なの? なんなの?」
そんなに気になるか普通? 意地になっとるな......
「アウロラみたいなやつ。」
勿論、この状況で真面目に答える筈はなかった。
「ぐぬぬっ......こんなにムカつく奴初めて見たわ...... そんな事言うなら、ユウトはどぶネズミよ! ど・ぶ・ね・ず・み!!」
「へー。そりゃどーも。どぶネズミにはどぶネズミの美学があるんや。俺はどぶネズミと言われても褒め言葉として受け取る事にしてんねん。お褒め頂きありがとうございます。」
「ぷぷ〜っ! どぶネズミが何か言ってる!」
「小学生かこの女......もっとお淑やかやと思ってたのに、ただのアホやないか。」
「お、お淑やか......そんな風に思ってくれてたの?」
「初めて会った時はな。今はただのアホ。顔だけ可愛くてもやっぱり中身がこれやったらあかんわ。ダメダメ。」
「そ、そん──」
「あのぅ〜、お取り込み中失礼します。」
先の娘っ子の父と思われる人物が、申し訳なさそうに会話を中断させた。
「あ、すみません、ウチの馬鹿が騒いでしまって。」
まずは丁寧に挨拶しておいた。隣で「だっ誰が馬鹿なの? 私じゃないわよね?!」などとほたえていたが、一旦無視した。
「い、いえっ、滅相も御座いません。私はこの武具屋の店主をしております。べグフと申します。アウロラ様とは何度かお会いしておりましたが、貴方様にはお初にお目にかかりますね。名前はなんと申されるので?」
「ユウトです。よろしくお願いします。」
ぺこりと頭を下げ、そう名乗った。
「ね、無視しないでくれる? なんで無視するの? ねぇ、ねぇってば!!」
言いながら、バシバシと肩のあたりを強く叩いてくる。
「ちっとは静かにせえや。やかましい。」
「ヒモの分際で偉そうに。私がいなかったら何もできないじゃない。」
「そ、そうやったな。すまんすまん。」
「何回このやり取りすれば気が済むんだか。いい加減主従関係を弁えてね。」
「おう、俺が主人か。金出せよ従者。」
「ユウトが従者に決まってるでしょーが!!」
「ガミガミ言うなや。可愛い顔が台無しやぞ。」
「まっ、またそうやって有耶無耶にしようったってそうはいかないわよ。」
「ほんまやって。黙ってたらこの世に右に出るもんはおらんレベル。もう神が本気出して創った言われても俺は信じるで。」
「そ......そう? そんなに......か、可愛い?」
少しし汐らしくなり、ドキッとする。本当に黙っていると可愛すぎる。口を開けると残念だが。
「うん。今まで生きててこんな美少女に出会った事ないもん。控えめに言うても可愛いの度を超えとる。」
そんなやり取りを、店主は猛烈に扱いづらさを感じながら見ていた。
「へ、へー。あの、関係ないけど、ここにあるものなんでも選んでいいから。好きなの選んでね。あ、お金は気にしないでいいから。」
なぜか凄い罪悪感に苛まれるわぁ......チョロすぎて心配なるわ......よー今までやって来れたな......
思いながら、武器を見渡す。防具は面倒くさいし、重そうなので後回しにした。
斧......ないな。剣、っていうのもなぁ。ナイフとか嫌やしなぁ。棍棒、三節棍、槍、弓、サーベル......あ、これは......
あれでもない。これでもないと見渡していると、どうも見覚えのある形が見えた。
「大将、これって売りモンですの?」
鍔のない日本刀のようなものが綺麗に飾ってあったので、それを指して聞いた。
「え......えぇ。それは“宇迦之御魂”から輸入された宇迦之刀と呼ばれるもので、一応販売は出来ますが、お高いですよ......?」
“宇迦之御魂”ってのは日本の事かもなぁ......見れば見る程これは日本刀にしか見えん。
「お金はアウロラが持つんで大丈夫でしょ。な、姫さん。」
「姫さん? もー、そんな褒めてどーしようっていうの? あ、店主さん、それ早くユウトに渡してあげて。お金なら持って来てるから。」
扱い方が判ってきた。ほんの少し良心の呵責に苛まれるが、あれだけボロカス言われたのだ。ちょっと高い物を買わせてもバチは当たらないだろうと思ったのだ。
それに、ちゃんと返すつもりなので、そこまで気にしなかった。
「では......アウロラ様のお顔もありますので、お値段、3000万ベガとさせていただきます。」
「うげ!? さ、三千万やと!?」
この国の金銭感覚は分からなかったが、どう考えても三千万は高すぎる。煙草が比較的高級品だとすると、これはえげつない超絶高級品だ。
「はい、どうぞ。」
現生、きっかり三千万ベガ紙幣が出てきた。
「えぇええええ!? まじかい!?」
「す、少しお時間をば......」
ユウトは目をひん剥き、店主はあたふたしながら札束の枚数を数えている。
「早くしてよね。この私がセコいことするって思ってるの?」
凍りつくような冷たい声と眼差しを放った。
「めめめめめめ、滅相も御座いません!!」
その眼と声を受け、札の枚数を数えていた店主は飛び上がり、“宇迦之刀”を手に取り、鞘に収め、ユウトに手渡した。
「う、おぉ......三千万の重み......」
言いながら鞘から少し本身を出し、刃紋を見た。直接お目にかかった事は一度しかないが、確かにこれは日本刀と呼んで差し支えないものだった。
「さ、ユウト。感想は?」
「凄いわ......馴染みあると言うたら嘘になるけど、これはええでぇ......」
刀に映る自分の目を見ながらそう言った。
「それは良かったわ。大枚叩いた甲斐があるってものね。」
彼女は、飛び切り眩しい笑顔を向けてきた。
「やっぱり普通にしてたら女神より女神やな......心が痛いわ......」
「武器も買ったし、行きましょうか。」
「おっす。アウロラほんまにありがとう。」
「大事にしてね。」
「当たり前やんけ。命の次に大事にするわ。」
「ま、またのご来店を〜......」
二人は店を出て行った。
「はぁ......どう言う風の吹きまわしなんだ......」
その後、店主は一人、ため息をついていた。
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「ユウト、物騒だから剣仕舞いなよ。」
「いや、なんか手に持っとかな落ち着かんねん。なんせ、さ、三千万やぞ......」
この刀を訳の分からない空間に放り込むには、相当の覚悟がいる。
「お金は気にしないで良いって言ってるのに。」
「そんな訳に行くか。ちゃんと返すからな。」
「返してくれるまでは一緒に居てね?」
「何そのあざとい言葉......惚れたらどないすんねん。」
アホな事をガミガミ言うてきたと思たら、汐らしなったり、忙しい子やでほんま。
「......惚れてみる?」
目を薄め、薄っすらとした笑みを浮かべてそう言った彼女は、誰をも虜にしてしまう魅力に溢れていた。
「なななななななな......なんなん?」
「だ、か、ら。惚れてみる? って言ってるの。」
ずいずいと距離を詰めてくる。
「あ、あのな、自分を安売りしたらあかんで。俺みたいなんに惚れられて......どないすんねん。」
「ふふっ。おどおどしちゃってまぁ。」
「そんな事言うて俺に惚れとんちゃうやろな? ちょっかいばっかり掛けてきよってからに。」
「そ、そんな訳......ない。ないったらない!!」
「そ、そうか。それは良かった......? んか? あかん、頭おかしなる。勘弁してくれ。」
何だかんだ距離は近まった二人だった。
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「あいつだなァ......件の星冠者ってのはァ......クククッ......味見してやらァ......」
──そんな二人に、穏やかでない視線を向ける者が一人......
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