「なにか」が変わる-後編-

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「なにか」が変わる-後編-

ラーメン屋から自転車で家に車を取りに帰り、二人乗り込み、出発して30分ほどで近くの夜景...と言うには少し寂しい街の光を見渡せる山の頂上まで辿り着いた。 道中も、相変わらず彼女は雅樹を揶揄い、それを楽しんでいた。そして彼も、嫌がった態度を見せながらも、そんなやりとりを楽しんでいた。 「ここに車停めてちょっと歩きますよ。」 「はーい。」 免許を取って以来二度目の場所。一度目は言うまでもなく海斗と来た。野郎二人で夜景と言う謎行為をするのは少し憚られたが、「万が一、億が一でもお前が彼女を連れてくる可能性はあるやろ?その時の為に予習は必須や。必修科目や。」などと言われ、渋々来たのだが、まさかこんな形で役に立つとは思わなかった。心の中で少しばかり感謝した。 「やっぱり山は結構冷えるね...」 「桜さん割りと薄着っすもんね。」 車から降りると、すっかり夜の帳は降りていて、一気に冷気が二人を襲った。 「女の子は体型とか色々考えるんだよ。雅樹君は無粋な事言うんだね。」 「いやっ、そんなつもりはないんすけど...すみません...」 「冗談冗談。さ、案内してよ。」 「ちょー待ってくださいね....はい、これよかったら使ってください。」 見るからに寒そうな彼女に、ポケットに突っ込んでいた手袋と、マフラーを手渡した。 「良いの?」 「良いっすよ。てか寒そうで寒そうでみてられないっすから。」 「ありがと...」 「どーいたしまして。じゃ、行きましょ。」 スタスタと先を歩く彼を眺めながら、桜は少し戸惑っていた。さらっとこう言う事を出来る人がいるんだな、なんて思いながら。 「....カッコいいとこあんじゃん。」 自分以外に聞こえないくらいの声量でそう呟いた。 「なんすか?行かないんすか?」 彼はその声に少し歩いて振り返り、桜に着いて来るように促した。 「なんでもないよ。連れってて。」 そう言って、彼の左手を握った。 「ちょっ!なんスカ!?」 「はいこれ。私は左手につけるから、雅樹君は右手につけなよ。そうすれば寒くないよ?」 言いながら、桜は右手用の手袋を動揺する彼に返した。 「え、そ、そらそう...すけど...」 「嫌?」 「いやいやいやいや、じゃなくて、全然良いっすけど。その...寧ろ嬉しいって言うか...なんというか...」 彼はそんなあざとい桜の行動言動に対して挙動不審になりながら、本音を漏らす。 「ほんっっっっ...とに、純情だね。雅樹君。」 「だっ...誰でもこうなると思うんすけど...」 「そうかな?」 「そーっすよ。」 彼は言いながら右手に手袋を嵌めた。そして、照れながらも手を握ってくれた。 「可愛いんだから。」 「どうせやったらカッコいいって言われたいっすけどね。」 先ほどの言葉はやはり聞き取れていなかったようだ。 「さっきの行動はカッコよかったよ。惚れちゃったかも。」 「え?あ、ん....そ、そうっすか。」 また騙される訳にはいかない。もう少し揶揄からかわれたからといって、動揺してはいけない。男として。そんな気概に奮い立つも、言動は動揺を隠せていない。 「本気かもしれないよ?」 「まじすか!?」 「ウッソー。ぷぷぷ。」 「変な期待させんでくださいよ。もう。」 そんなやり取りを交わしているうちに、夜景が見えるスポットに到着した。 「どうっすか?感想は。」 夜景を指し、感想を求めた。 「しばらくは花の上なる月夜かな。なんて。」 「俳句?っすか?渋いっすね。」 「ちょっと好きなんだ。」 「へー、なんか良いっすね、風情があって。まぁ肝心の夜景はちょっとちゃちっすけどね〜。」 自虐ネタをぶっ込んで見たが、「本当だね。」と返され、少し悲しくなった。 街の街頭、オフィスの灯り、車のライトなどなど、それぞれが放つ些細な光から大きな光達が織りなす一つの作品、夜景。栄えているほど綺麗で、逆もまた然り。 この地点から見える光景は、実にこじんまりとしたものだった。 「でも、嫌いじゃない。都会の煌々としたものより温かみを感じるっていうか。」 「ま、それなら良かったっす。」 「それよりさ、雅樹君は、なんで今日いきなり会った私にここまでしてくれるの?」 唐突に根本的な質問が投げられた。 「えー、それは...うん...ちょっと、何いうてるか分からんかも知れないんすけど....」 「うん。続けて?」 「それじゃ....」 少し間を置いて。 「なんていうか、「なにか」を探してたんすよ。今まで大きな誰かが作った流れに沿って流されるままに生きてきて、そんな平々凡々とした日常を、主体のあらへん自分を変えてくれるような「なにか」。 今日はそんなふわふわとした事思いながら、帰り道何をするでもなく遠回りしたり、夕日をみて感傷に浸ってみたりしてた時、偶然桜さんが来たんすよ。 俺は絶対これが「なにか」や!これ逃したらこの先ずっと惰性で生きる事になるんちゃうか!って思って。今思っても、なんでそう思ったんかわからないんすけどね。自分でも。 それに...まぁなんというか...桜さん綺麗で可愛いし...ってとこも....まぁ...あった。....んすけど..」 有りの侭ままを話した。彼女に嘘を吐いても同じ事だと思えたし、何より雅樹は、下手に繕つくろって彼女に嫌われたくなかったのだ。 「あはは!ロマンチストかよ!雅樹君はっ!」 軽快な笑い声をあげてそう言った。 「ま、まぁ?そうなるっすよね〜!!」 大層恥ずかしそうにそう言った。 「でも、そういう、ーー気持ちは、わかるなぁ。」 彼女は、先ほどのまでの笑顔とは翻って、少しの憂いを顔に浮かべてそう言った。 「桜さんは、ほんまはなんで俺に声かけたんすか?」 「私も、君の言う、「なにか」を探してたのかもね。でも、雅樹君と出逢った時に言ったように、なんとなく、なんだよ。本当に。」 今までの声色とは違い、静かに、しかし確かな。感情が込められたような話し方をした。 「ふむ....でも、なんとなくでも俺は嬉しいっすけどね。桜さんに会えて。短い時間やったけど、色んな経験も出来たし、目標...と言うか、ちっさいですけど、夢....も叶ったんでね!」 もう全て本音で話そう。なぜかそんな衝動に駆られ、思っている事を素直に打ち明ける。 「ほんと、カッコいいな。雅樹君。そんな君に一つ質問。もし明日死ぬかもしれないって言われたら、君なら、今日をどう生きる?」 「え?そりゃ...後悔の無いように...生きます...かね。」 突然投げかけられた重い内容の質問の意図が掴めず、思った事をまたそのまま口にした。 「雅樹君は、そんな気持ちで毎日を生きてる?」 彼女は、畳み掛けるように質問を重ねてきた。 「いや、全然。どうせ明日があるやろって思うタイプすね。どっちかと言うと。」 「そうだよね。みんなそんなもんだと思う。でも、私はある時期から、文字通り明日死んでも良いように今日を生きてきたの。明日死んでも悔いが残らないように必死に。 でも、最近分からなくなってきたんだ。明日死んでも後悔しないようにっていう生き方が。昨日までしてきたようにって意識し始めると、それはもう惰性で生きてるのと同じ。 そうでしょ?」 難しい話だった。しかし、返答には最大限、気を配らなければいけないと、直感で察知した。 「確かに、そうかもしれない...っすね。」 肯定、以上の事は出来なかった。実際それが間違っていると言える内容でもなかったからだ。 「だから私も、そんな惰性で流される自分を打破したくて、「なにか」を求めて、君に声を掛けたのかもね、って言う話。」 真剣な表情、緩みのない口調が、心からの真実を語っていることの証左のように思えた。 「お互い、「なにか」に引き寄せられたんすかね?よくある引き寄せの法則...みたいな?」 「雅樹君、君ってば本当にロマンチストだね。でも、私も、君と会えて良かったって、心から思ってるよ。こんな事を話すのは君が初めてだし、こうやって異性とデートみたいな事をするのも、実は初めてなんだよ?」 儚げで薄い笑みを浮かべ、真っ直ぐとした視線で、雅樹の目を射抜いた。 雅樹も、それに応えるように目を逸らさなかった。女の人と見つめ合うなんて、こっぱずかしい、むず痒い気持ちでいっぱいだったが、今はそれより、彼女の真剣な気持ちに真摯に向かい合いたかった。 「そりゃ、嬉しいっすけど。桜...さんモテそうやのに、な....なんでなんすか?」 「必死だったんだ。本当に。後悔しない、したくないって言う目標に向かって、ここまで、今までひた走って来たから。余裕がなかったんだよ。ま、そう言う機会がなかったとは言わないけどね。」 「へぇ...凄いっすね...俺は今まで生きてきてそんな一つのことを意識した事ないっすよ。恥ずかしながら。」 何か目標を設定し、そこへ向かっていくという風な生き方を雅樹は只の一度もした事がなかった。 「それはそれで珍しい気もするけどね。」 「言われてみれば、確かにそうかも知んないっすね。その、桜さんの生きる目標...みたいなんってなんやったんすか?」 そんな人間逆に珍しい。誰しも一度くらいは何かに没頭する機会はある。それは部活動であったり、勉強であったり、そういう類の誰しもが持つ、言わば競争を勝ち抜くハングリー精神のようなもの。それが彼の場合人より希薄だったのだ。 全くないと言う事はないのだろが、自信を持って人にこれを頑張ったと言えることは特にない。 「うーん...なんなんだろうね。今となってはそれも曖昧かも。勉強も部活も趣味もなんでも時間を惜しんで本気でやってたね。でも、そんな生活に疲れちゃったのかな。なんでこんなに頑張らないといけないんだろうって、5月病じゃないけどさ、そんな感じなのかな?」 「いいじゃないっすか。今まで後悔しない生き方をしてきたんだったら、少しくらい足踏みしたって。誰でもずっと全速力で走ってたら息を切らして疲れますよ。」 「上手いこと言うね。一本取られたよ。言われてみればそうとも言える。でも、時間はーー命は、有限なんだよ。どこまで行っても、明日死ぬ可能性は拭いきれない。ま、極論だけどね。」 確かにそうだ。外に出歩いているだけでも車に轢かれて死ぬかも知れないし、ただ転けただけでも、打ち所が悪ければ死ぬ。年齢などお構いなし人間の儚き命は散ってしまう。しかし、そんな事を毎日考えていても、死ぬときは死ぬ。 誰しも、死ぬ事に対して恐怖を抱き、寝付けない夜はあっただろう。死ぬってなんだ?から始まり、得体の知れない奇妙な恐怖にどんどんと侵食され、布団の中で震えて眠る。死に対して考え、考え抜いた結果は皆ほぼ一様に「考えても仕方がない。」と言う結論に至るだろう。 雅樹もそんな夜を過ごし、突如襲ってくる恐怖に、意味もなく枕を濡らした事がある一人だった。 「ふむ...」 辺りの雰囲気も相まって、暗く、どんよりとした雰囲気が漂う。 「ま、そんな感じなのだよ。納得できたかな?」 「あ、そういえばそうやったっすね。はい。なんとなくっすけど。」 そう。元はと言えば、自分に話しかけてきた理由を話してくれていたのだった。そんな趣旨を忘れてしまうほどに、彼女の話調に呑まれていた。世迷言とは切り捨てられない彼女の真剣味が、彼をそうさせた。 「なんか語っちゃったね。変な話に付き合わせてごめんね?」 「いやいや、全然良いっすよ。なんていうか、桜さんの事もっと知れて良かった...みたいな?」 「ぷぷぷっ...よく恥ずかしげもなくそんな事を....」 「今言っとかないと、明日はないかも知れないっすから。」 「っ....言うね、雅樹君。」 「これを逃す手はないんすよ。このままじゃ死んでるんと何も変わらんような気がするんす。だから、桜さんが良かったら、また...その...こうやって会いたいな...って言うか。」 折角手に入りそうな変われるきっかけ。彼女の冷めた熱情から学べる事はきっと多いはず。そんな根拠のない自信が彼に勇み足を踏ませた。 「それってつまり?」 「と...友達...いや、こいび...とに、なってほしい、みたいな?あかん、何言うてんやろ。さっき会ったばっかりやのに、すんません。はは...」 告白なんてした事がなかったし、それに付き合いたいと思ったのも初めてだった。 「良いよ?私も、雅樹君が良いだそうとしなかったら言おっかなって思ってたから。」 「まじすか!?よっしゃー!!人生初彼女ゲットやー!!」 こうして二人はなんとも奇妙な過程を経て、晴れて恋人同士となった。 「今更だけど、連絡先交換しよっか?」 「はい。是非!」 なんとも今時な、QRコードで読み取る事で連絡先交換を果たした。 少ない友達欄に、一つ。名前が増えた。 「まさかこんなことになるなんて、声をかけた時の私は知らないだろうな。」 「俺だって、まさかお付き合い出来るなんて夢にも思ってないっすよ多分。」 「違いないね。」 言いながら彼女は、再び手袋をしていない方の手を握ってきた。冷たい。そして細くすべすべとした指の感触を直に感じながら、その場を後にした。 この日から約1ヶ月。彼女との奇妙な恋人関係を続ける事になる。しかし、その関係のーー終わりの日は、確かに近づいていた。
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