幸せとは-後編-

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幸せとは-後編-

「はい!しゅーりょーです!!」  彼女は自信満々に終了を宣言した。余程大きな貝殻を見つけたに違いない。 「とほほ...」  当の雅樹はと言うと。ペットボトルのキャップ程の大きさである貝殻しか見つけられなかった。  燃えるような茜色の海と、彼女に見惚れていたら、いつのまにか大きな貝殻探しタイムは終わっていたのだ。 「さ、お披露目と行こーよ!」 「そうっすね......」  二人貝殻を握った手を前に出し、一斉に開いた。 「「ぷっ!!」」  思わず二人して笑った。 「あはははっ! 同じサイズだねっ!」 「わはははっ! あんな自信満々やったのに、それなんすか!?」  なんと、貝殻のサイズは見たところ殆ど変わらなかったのだ。 「これってさ、まさかとは思うけど!」  そう言って雅樹の貝殻を取り上げ、貝殻を合わせてみた。 「え、そんなこと、まさか......?」  二枚の貝殻は綺麗に大きさはおろか、紋様までも寸分違わず合わさった。 「すごいっ! こんなことあり得るんだ!?」 「やばいっすね!! どんっな! 確率なんすか!?」  偶然、奇跡などではなく、運命という言葉が頭を過ぎった。こんな砂浜に散らばる幾百、幾千、もしくは幾万以上の貝殻の中から、元々二枚貝だったものを完成させるなど、やろうと思っても、十中八九一生叶わないだろう。 「これは引き......いや、両方勝ちだね!」 「じゃあ、お願い聞いてくれるんすね!?」 「雅樹君もだけどね。」  この世紀の奇跡と呼んでも過言では無い出来事を、引き分けと称する事は恐らく誰にも出来なかった。 「先に雅樹君からどうぞ。」  先に開示する事になった。 「お、俺のお願いは......呼び捨てで、呼び合いたい......みたいな、はい。」  なんて事ない小さな願いだった。  恥ずかしいなぁ、こう言うのって。そのうち慣れるんかなぁ。 「そんなコトに、何でも出来るお願い使っていいの?」  当然の疑問だった。しかし、彼にとってはそうではなかった。 「これ以上望んだら、バチが当たりますよ。今でも十二分に幸せなんすから。」 「へー。てっきりHな事とかかと思った。」 「そっ、っそんな......いやいやいや......まだ早いというか......。いや、したいとかってわけじゃないんですけど!」 「あたふたしなさんなよ〜。可愛いんだから。」  この魔性の女は本当に悪戯好きだ。純情な俺を揶揄うのがそんなに楽しいか!? 「まぁ、そうっすね。桜さんは、なんなんすか?」 「こっ......恋人繋ぎ......したい。」 「ぷふっ......はっはっは!! 桜さんもそんなんで良いんすかって感じじゃないっすか!!」  なんともまぁ、純情コンビ......カップルだった。 「うっ、うるさいなぁ......思いついたのがこれだったんだもん、仕方ないでしょ。」  珍しく顔を赤くして照れいて大人しい。──そんな彼女も、愛おしかった。 「似たもん同士って事なんすかね?」 「かもね。雅樹く......ま、雅樹。」  細い指を器用に絡めてきた。 「そうっすね。さ...桜。」 「この際、敬語もなしにしようよ。なんか変だし。」  確かに変だった。 「わかり、じゃなくて、わかった。桜。」 「......雅樹。」  指に力が込められた。「離さないでね」と、そう言われた気がした。それに応えるように握り返す。「離さない」と、思いを込めて。  まだぎこちなさが残る二人は、仲睦まじく砂浜の流木の上で海を眺めていた。  もうすぐ日が沈む。水平性に沈んでいく太陽と、紅い海。星や月が姿を表していく。  聞こえるのは波の音、自分の心臓の音だけ。感じるのは幸せと、互いの体温だけ。潮風に吹かれ、体温が奪われる。自然と距離が近くなる。  暫しの無言。今は言葉はいらなかった。ただ、手を繋ぎ、身を寄せ合う事で、体温を感じ合う事で、お互いの存在を証明し合い、今と言う幸せを謳歌した。  ──こんな時間がずっと続けば良いのに──  ざぁん ざざぁん ざぶん さぁ ざぁん  静かな時間が流れ、どちらからともなく顔を寄せ合う。彼女は目を瞑った。言葉はいらなかった。この時間に、それは陳腐なものに成り下がるに違いない事を二人察していた。  静かに、熱く、優しく、そっと唇を重ねた。ほんの二秒ほどだったが、それで十分だった。それ以上は不要だった。  夜の帳もすっかり下り、辺りには月明かりと星の明かりだけが二人を照らした。  街灯もなく、車も通らない。まるで二人だけが世界に取り残されたかのようで── 「ちゅー、......しちゃったね。」  そんな静寂の中、先に声を発したのは桜だった。 「うん。」  ちゅーて、可愛いな...... 「初めて......だったよ。」 「俺も。」 「知ってるっ。こんなに......満たされるんだね。口付け一つで。」 「そうやな。」 「私......明日死んじゃっても良いかも。」 「桜が死んだら、俺も死ぬかも。」 「じゃあ、死ねないね。」 「もう、死ぬとか言うなよ。冗談でも。」 「わかってる。」  彼の肩に頭を預けた。 「愛してる。」 「俺も。愛してる。」  静かな時間だった。どこまでも、終わらないような、そんな夢のような時間がそこにあった。 「そろそろ帰ろか。あんまり遅まで連れ出したら悪いし。」 「......そうだね。──また、これるかな?」  儚げで、どこか不安げな表情を浮かべて、そんな事を口にした。 「当たり前やろ。連れてきたるよ。」  何故そんなことを言ったのかわからなかったが、彼には肯定する他なかった。 「うん。......楽しみにしてるね。」 「なんや? どうしたん、桜。なんかおかしいぞ。」 「ううん。なんでもないよ。行こ。」  そんな彼女の一抹の不安を、彼は感じ取ることは出来ても、その種を知ることなど──出来やしなかった。  今日もまた増えた想いで一つ一つの名残を惜しみながら、余韻に浸りながら帰路に就いた。  流石にはしゃぎ過ぎたのか、20分も経たないうちに彼女はうとうとと首を揺らしていた。 「眠かったら寝ても良いで。」 「ううん。......勿体ないから」  新しい体験、生まれて初めての大好きな人と手を繋ぐ、そしてキス。2日目にしては早いかもしれない。だが、それほどに濃い2日間だった。  うつらうつらと目をシバシバとさせる彼女を横目に、丁寧な運転を心掛けた。いつ眠っても良いように。  彼女もまた、助手席の人間が寝てしまうと運転中睡魔に襲われることくらいは知っていたので、必死に寝まいとしていた。  互いに想い、互いに互いを慮おもんぱかっていた。  あっという間の1日だった。楽しいと思えば思う程に、早く時間は過ぎた。今までの惰性で生きてきた故に早く過ぎる時間とは違う感覚だった。名残惜しき余韻を感じる、過ぎて仕舞えばとても寂しい時間だ。  小学生の頃の、あの頃時間を忘れて無邪気に遊び、時間があっという間に過ぎていき、気づけば夕暮れだった様などこか懐かしい感覚。今は時間の流れがいつもの流れる速度へと戻っていたので、尚更そう感じるだけなのだろうか。  ──時間は平等に流れているわけじゃないんかな。  そんな、普段は思いもしない、あり得ない事を思う程に、この短期間で時間の大きな伸縮を感じていた。  もしそんなシステムにした神様がいるのなら、なんとも意地の悪い創造主だ。楽しい時間を長く、永く、感じられたなら、辛い時間を短く感じられたなら、どれほど人間は幸せだったのだろう──  益体のない、そんな思考は、彼女の寝息とともに、頭の中をぐるぐると回った。 「桜、着いたぞ。ほれ、起きて。」  長い道のりだったが、特に事故もなく彼女の家まで辿り着いた。 「ん......雅樹......? あ......寝ちゃってたんだ、ごめんね。起こしてくれて良かったのに。」 「良いよ。はしゃぎ過ぎて疲れてたんやろ。」 「そんなに子供じゃないやい!!」 「ははは、ごめんごめん。」  可愛らしく凄んでくるが、寝起きなのも相まって、迫力は微塵も感じられなかった。 「今日は、本当にありがとね。」  彼女は車から降り、運転席側の窓に向かってそう言った。 「こちらこそ。じゃ、また。」  手を振り、クラクションをピピッと鳴らし、ブレーキランプを5回点滅させておいた。 「ぶふっ!! 本当雅樹ったら古臭い事するなぁ。馬鹿みたい。」  昭和臭い別れかたを演出する彼に、思わず口からそんな言葉がついて出た。  彼の乗る車の常備灯が見えなくなるまで、見送った。  勿体無い事したな。一緒にいれる時間は、──限られてるかもしれないのに。  名残惜しさを噛み殺しながら、桜は家へ入った。 ──────ーーー────ーーーーー────ー──────ー  雅樹の家は、彼女の家から、そう遠くは無かった。車で15-20分程。  家に着いたのは時刻0時過ぎだった。 「ただいま〜。」 「お帰り、遅かったなぁ。みんな寝てもうたで。どこまで行ってたんやアンタ。」  母親がまだ起きており、出迎えてくれた。 「ご飯食べたんか?」  あ、忘れてた。 「やば......」 「アンタ〜! 彼女にひもじい思いさすなやドアホ!」  ごつん。 拳骨が飛んできた。 「いったぁ〜。なにしよんねん!」 「アンタが食べてへんてとこは、彼女さんも食べてへんやろ!! せっかくモテへんアンタにコレ出来たのに......チャンスはこれきりかも知れへんってわからんのか!!」  このクソババア、好き放題言いやがって......我が息子になんちゅう言葉掛けよるんじゃ...... 「うるさい! 言われんでもわかっとるわ。」  言いながら、RIMEで謝罪のメッセージを送っておいた。 「はぁ......ほんまアンタみたいなんのどこに惹かれたんやろなぁ〜その子が不憫でしゃあないわ。そんなんやったら一生童貞やで、アンタ。」 「じゃっかましいわい!! ほっとけ!!」  階段を駆け上がり、部屋に飛び込み、その日は空腹を押し殺し、“ふて寝”した。  彼氏として最悪や......なんで気づかんかったんやろ......楽しすぎて忘れてたって言い訳にならんよなぁ...... 「はぁっ......」  思いながら、意識は闇へ沈んでいった。
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