「なにか」が変わる-前編-

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「なにか」が変わる-前編-

「どこ食べに行きます?ラーメンなら近くに有名な所とことかありますけど。」 「雅樹君が行きたいところに連れてってよ。私はどこでも良いからさ。」 彼女を荷台に乗せて、肌寒い夕暮れの中自転車を漕いでいる。 「じゃ、そこで。結構寒いっすしね。」 「わかった。じゃ運転よろしくね〜。」 太陽が沈んで行き、日が暮れ、寒くなりだした。そんな中で自転車で風を切ると少し冷える。 だが、雅樹の心は熱く滾たぎってていた。日常が変わりそうな予感に、初めての女の子と二人乗りに、ワクワクしていた。 いつしか忘れていたドキドキとした少年心のようなものが、戻ってきたような感覚だった。 遠足に行く小学生のような、修学旅行へ向かう中学生のような。とても言葉では形容し難い、儚く淡い、しかし懐かしいような。そんな感傷に心を震わせた。 「桜さんって、何してはる人なんすか?」 「私はねー。今は何もしてない、かな。」 「じゃあ、ニートなんすか?」 「人聞きが悪いなぁ。でもまぁそんなとこかな。」 「そっすか。」 静かな道のりを、他愛ない身の上話を交わしながら進んだ。二人乗りをすると、結構疲れる。 少し息が上がるが、澄んだ空気が体に染み入って気持ちが良い。 「ここなんすけど。」 「おっけー。」 言いながら自転車を駐輪場に停め、店の入り口へ向かった。こんな田舎でも美味しいラーメン屋くらいはある。と言っても、有名な店のFCフランチャイズ店が殆どだが。 「いらっしゃあっせー!!」 元気よく店主と店員が挨拶をしてくる。どこのラーメン屋も大体同じだ。 「2名さまご案内しまーす!!」 そう言って雅樹と桜の二人をテーブル席へ案内してくれた。少し時間も早いので、客もそこまで多くない。 「雅樹君よ、ここは何が美味しいのだね?」 「あー、おススメって書いてある奴が一番スタンダードで美味しいっすよ。俺は結構こってりしたのが好きなんで、これにしますけど。」 そう言って指差したのは見るからに重そうな脂っこい特製ラーメン。この店は、床がヌルヌルしているタイプの所だ。あっさりしたものも置いてあるが、ここへ来る人間の殆どはこってりしたものを注文する。 「じゃ、私もそれにする。」 二人は、同じものを注文した。 「桜さん、こういうのは結構イケるクチなんすか?」 「まぁね〜。」 正直、この辺で一番美味い所はここだが、女性を連れてくるのは如何なものかと入った瞬間思ったが、彼女の返答に少し安心した。 「そりゃ良かったっす。」 「でもさ、雅樹君って、こういうお店に初めてデートする女の子連れてきたりするの?」 「い...いやぁ...そっ、そっすよね。今までそういう経験ないんで...失敗しくっちゃいましたかね〜...」 安心した矢先に直球が飛んできて、目に見えて挙動不審になっていた。 「ぷっ...やっぱり雅樹君彼女いないんだ。てかいた事ないんだ〜。」 「やっぱりって...」 「だって、喋り慣れてない感じとか、扱いに困ってる感がさ〜。」 「ま...まぁ、実際?あんまり女子と喋んないっすしね...」 「そんなんだと一生独り身だよ〜?」 「うっ...そ...そうっすね...」 薄いガラスのハートが砕け落ちていく音がした。 「ま、元気だしなよ。女は星の数ほどいるんだからサ!」 「星の数ほど居ても、見向きもされなかったら意味ないっすよ....」 「陰険な男はモテないぞ〜。」 「....追い討ちを掛けんで下さいよ。」 「こってりラーメン背脂増し2つお持ちしました〜。」 「どうも。」 「待ってました〜!」 そんな話をしていると、注文した品が運ばれてきた。 「いただきます」と食材に感謝した後、二人共に食べ始めた。 「どうっすか?」 「中々美味しいね。」 「そりゃ良かったっす。」 雅樹は替え玉を注文し、ものの5分ほどで平らげた。 「やっぱり男の子だね。」 そんな彼を見て、彼女はそう口にした。 「見りゃわかるっしょ。」 「そういうことじゃないんだけどなぁ。」 「?」 迂遠な言い回しは得意ではない。意図が読めなかった。 5分程経ったら、彼女も綺麗に平らげた。 「じゃ、行こっか。」 「うっす。」 席を立った。レジの前へ足を運び、注文票を出した。 「やっぱ俺出しますよ。なんか女の人に奢られるのってダサいっすし。」 「気にしなくていいのに。でも、男のプライドに免じてここは譲ろうか。」 「どうもっす。」 支払いの直前になって女の人に払わせるのはどうかと思い、少し格好をつけて、彼女の分も支払う事にした。 「ご馳走さまですっ!」 「いえいえ。俺が連れてきたんで気にせんで下さい。」 言いながら、心の中では女の人とご飯へ行き、奢ると言う一つの目標がクリアされ、謎の達成感を噛み締めていた。 やはり彼女、桜さんは人生の流れを変えてくれる「なにか」に違いない。そう思った。 親友の海斗との会話が自然と想起される。 「ご飯奢って貰ったお礼に、何か付き合うよ。雅樹君は、何かしたいことある?」 「そんなん別にええっすけど...強いて言うなら、夜景とか観たいっすね。」 「ぷぷぷっ...夜景って、あははっ!なんかさっき出してくれたのと言い、なんか古風だねっ!嫌いじゃないけど!あははっ!そんなことで良いなら、全然良いよ。」 雅樹の人生やりたいことリストの上位に入っている[女の人と夜景を観る]を古風だと盛大に笑われてしまった。 「わ...笑わんでくださいや...」 「ごめんごめん。なんかあまりにも...ね?でも、夜景を観れるような所とこって自転車で行けるの?」 「ボロいっすけど、車あるんでっ!」 昨年の夏休みに合宿免許センターへ行き、免許を取得し、親父に頼み込んでオンボロの軽自動車を買ってもらったのだ。 が、殆ど親の買い物を頼まれたり、妹を迎えに行けだの言われて良いように使われているだけだが。そんな用途とはおさらばして、漸くまともに使える事に思わず歓喜の声を出してしまった。 「おぉ〜。ぱちぱち。リッチだね。」 「そうでもないっすよ。それでいいすか?」 「うん、いいすよ。」 彼女は、少しおどけて見せた。 「人を揶揄からかうの好きっすよね、桜さん。」 「まーね〜。じゃ行きましょー。」 「おっけーっす。家に車取り帰るんで、後ろまた乗ってください。」 「雅樹君さ、さては女子との二人乗りとかも結構夢とかだったりして?」 自転車の荷台に腰を下ろしながら、彼女はそんな事を言ってきた。 「えっ?....ま...まぁ...」 全て見透かされているような気になった。なので、取り繕わず素直に認めた。否定しても心の中で笑われるような気がしたから。 「ぷぷーっっっ...あははっ!じゅんじょーかよっ!雅樹君純情かよっ!」 「じゅっ...純情で悪いんすか!?ほんっま桜さんってええ性格してますね!」 案の定大爆笑された。こんな短期間に人に笑われた事はない。でも、不思議と嫌な気はしなくなっていた。寧ろ彼女が笑っている事に喜びを感じている自分がそこにはいた。 自転車を漕ぐ足は、気分の高揚と共に緩やかに、しかし確実に速くなって行った。 「でしょっ?惚れちゃったかな?」 「っっっっっ...ま..まだそんな事は...なくは...」 「かわいいな〜雅樹君は。よしよしっ」 「ちょっ...やめて下さいよっ...っとっと!」 「ちょっと〜っ。危ない危ない。しっかり運転してよね〜。」 唐突に頭を撫で着けられ、動揺のあまりハンドルがぶれた。自転車はふらつき、危うく転倒する所だった。 「さっ、桜さん!!」 「だって〜、雅樹君可愛いんだもん!」 「可愛いって言われても嬉しないっすよ!!」 頭を撫でられるのは想定外だった。撫でる事は目標の一つであったが。 「やっぱり男の子だね〜。」 「なんなんすか、それ?褒めてんすか?」 「褒めてるよ〜っ。」 「な、なら良いっすけどっ...」 上手く言いくるめられているような、弄ばれているような。そんな気分だった。だが、このやり取りも言動とは裏腹に、なんだかんだ楽しかった。 そうこうしていると、家に到着した。 「鍵キー取ってきますわ。」 「はーい。」 急いで玄関の扉を開け放ち、靴を無駄な動きなく脱ぎ捨て、家族に「ただいま」の一声。返事を聞く間もなく二階の部屋へ上がり、鍵を手に取り、「いってきます」の声をかけ再び外へ出る。 「お待たせっす。」 「全然待ってないけどね〜。というか、雅樹君、犬みたいだね。」 そう、1分も掛かっていないのだから、最早待っていると言わない。 「犬て、まぁいいっすけどなんでも。桜さんの戯れに一々反応してたら気触れますわ。」 言いながら車の施錠を解き、ドアを開いた。 「どうぞ、狭いっすけど。」 「どーもです。確かに狭いね。」 「....」 無言で運転席側へ回り、乗り込んだ。 「うそうそ。そんな事ないよ?」 「狭いのは事実ですから良いっすよ!」 雅樹は吐き捨てるように言った。 「またまた〜「そんな事ないよ」って言って欲しかったっていう顔してるんだけどな〜。」 「うっ...そりゃまぁ...はい...」 「正直でよろしい。」 「なんなんすか、もう。」 また全てを見透かしたような言葉を耳にしながら、エンジンをかけて出発したのだった。
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