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幸せとは-前編-
夜景を眺め、お付き合いを申し込み、見事成功したその後、車で彼女を家まで送り届け、自宅へと戻った。
「ただいま〜」
「あら、早かったな。お帰り。」
「明日から卒業まで学校行かんでええかな?行かんでも卒業出来るし。」
「はー?珍しい事言うなあアンタ。彼女でも出来たんか?」
女の勘という奴だろうか。勘が冴えすぎて吃驚する。
「ま、まーな。」
「嘘っ!?ちょっとー、父さん、雅美まさみ!!あの雅樹が彼女作ってきたって!!」
「ちょ、やめてや!!」
不肖雅樹の初彼女に家族が湧いた。
「兄貴に?彼女!?うっそー!!」
「やっとか!お前は一生独り身やと思っとったわ!!」
「失礼な奴らや...もう寝る!!」
「アンタ、今度家に連れて来なさいよ!!」
「やかましい!」
素っ気なくあしらって、自分の部屋へ入り、ベッドに寝っ転がった。
「はぁ〜夢見たいやな。出会って一、二時間くらいで付き合う事になるとはな〜。」
こんなにも明日が楽しみな日は今までなかった。次はいつ会えるだろうか、また....手を繋げるだろうか。
そんな事を考えながら彼女の手の形を思い出す。柔らかく、自分より少し小さくて、細い指。
そんな事を思っていると、「ピコン」と一番メジャーなSNS、「RIMEライム」の通知が鳴った。
{家についたかな?今日はありがとね。]
彼女からのメッセージだった。
[ちょうど家帰りました。こちらこそです。}
すぐに返信を返した。
「ちょい早すぎたかな...」
5分...10分...
まぁ返信するような内容でもなかったしな。
そう言い聞かせながら、しかし返信を待っていた。
まだかまだかと待つ時間は、とても長く感じた。
「ピコン」
「来た!」
すぐさま画面を切り替え、返信の内容を見る。
{今度、いつ会おっか?]
[明日でもいいっすよ。}
{返信早いね。もしかして待ってた?]
ギクッ....としたが、彼女は画面の向こうだ。落ち着け。
[勿論っす。}
少し考えた結果、見抜かれる嘘をつくのはやめた。
{じゃ、明日でもいいよ。何する?]
[海でも見に行きます?}
{まだこんなに寒いのに海?]
[綺麗ですよ。桜さんみたいに。}
あ、これ余計だったかな。と送った後に後悔。
{知ってるよ(笑)]
[流石っす。}
{でしょ(笑) 明日のお昼に迎えに来てよ。]
[はい。了解です。}
{じゃ、今日はお風呂入って寝ちゃうね。お休み〜。]
[お休みっす。}
その日はその会話...メッセージのやりとりで終わった。明日死ぬと思って今日を生きると彼女は言ったが、やはり明日死ぬなんてことは考えられなかった。
だって、こんなにも明日が楽しみなのだから。
そして、眠ろうにも、眠れなかった。遠足前の子供か。
ただ一つ言えるのは、確実に変わっている。探していた「なにか」である彼女、桜が変えてくれたのだ。
今までの流されるばかりだった、人生という河の流れを堰き止めて、あるいは逆らっている。そんな不思議な感覚に浸っていた。
今日あった事を思い返す。海斗と帰り道にじゃれあい、その中で「なにか」という極めて抽象的なモノ、又は出来事を探すという目標を作った。
幸いにもそれは思わぬ形で実現したのだ。
「人生何あるかわからんもんやな〜。」
その幸せを噛み締めながら、1-2時間後、なんとか眠りに就いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おはよー。待ったかな?」
そう言って車に乗り込んでくるのは、定刻丁度に家を出てきた桜だった。
「いやいや、俺が早すぎたんすよ。気にせんで下さい。」
何を隠そうこの男、一時間前から待っていた。絶対に遅刻だけは許されないと思い、早め早めの準備をしていると、いつのまにか彼女の家の前だった。
「一時間も前から待つって、どんだけ好きなんだよっ、私のことっ!」
彼女は早めに着いている事を知っていたが、いかんせん準備もあるため、結局定刻通りに出てくるに至った。
「さーね。わかんないっすよ。そんな事。てか、夜遅くになるかも知んないっすけど、大丈夫っすか?」
この内陸の海の無い場所から、綺麗な海を拝むには、3-4時間は掛かる。往復多く見積もって8時間。向こうにいる時間や休憩を挟む事を考えて、帰ってこれるのは0時くらいかも知れない。
「セキニン、取ってくれるなら。」
「いっいや、なんか言い方が不穏っすよ。まぁ大丈夫っすよね。年的に補導もされへんし。」
「まーね。でも、女の子を連れまわすんだから、ちゃんと護ってね。」
そう言ってニコッと笑った。彼女の言動は冗談か本気か未だよくわからない。
「そりゃ...まぁ...もちのロンで。」
そう言って、出発した。
「かなーり混んでますね....」
出発から2時間。平日の昼間なのにかなり混んでいて、思うように進めない。
「そーだね。疲れたなら休憩する?」
「ですね。一回飲みもんとか買いますか。」
彼女の提案もあって、近くのコンビニで一息つく事にした。
「俺はトイレ行ってきます。なんか要ります?」
「いいよいいよ。飲みものとかは私に任せて〜。」
「あざっす。」
結局二人共に降りて、コンビニに入った。
「雅樹君は、いつも何飲むの?」
「カフェオレとかっすかね。」
「甘いのがお好み?」
「結構好きっす。」
「了解っす!」
そう言って彼女はジュースが陳列されている棚へ向かった。
「あざてえ...でも可愛いな...」
そんな感想を呟きながら用を足した。
5-10分休憩しつつ少し腹ごしらえをし、出発した。
幸いすぐに渋滞を抜け出し、順調に進むようになった。
「ちょっと飲みもんの蓋開けてもらっていいっすか?」
運転中ハンドルから両手は離せないので、助手席に座る彼女にそうお願いした。
「仕方ないなぁ、はい。」
「あざっす。」
少し乾いた喉を潤した。
「すんません、閉めてください。」
「はーい。ね、ちょっと貰っていい?」
「良いっすよ〜。」
そう言うと、彼女は雅樹が飲んだばかりのペットボトルに口を付けた。
「え、ちょっと、良いんすか?」
そう、所謂間接キッスだった。
「ん〜?何がだい?」
おかしな口調に、前を見ていたので、表情は見えなかったが、悪戯っ子のような顔をしているに違いなかった。
「いや...その...か、間接...キス?になるんちゃうかな〜って。」
間接キス、口に出すのが恥ずかしい言葉だった。
「嫌だった?」
もう返答がわかっているかのような声調に、思わず「負けた」と思ってしまった自分がいた。
「嫌じゃ無いっす...よ。そりゃ...」
彼女の言葉や仕草、声。全てが恋愛経験皆無の雅樹をドギマギさせるに足るようなものだった。
「本当に君は純粋ウブだね〜。」
「うぶってまた古臭い言い回しを...」
精一杯の反撃だった。
「へー。女の子にそー言うこと言うんだー。へー。」
古臭いと言う言葉に彼女はわかりやすくむくれた。きっと頰でも膨らましているんだろう。
そんな顔を一瞥したくて、目だけで彼女の表情を伺った。
フグのようにぷくっと頰を膨らませる彼女は、とても愛らしかった。
「桜さん、そんな可愛い顔で怒られても、全然怖く無いっすよ。いっつも弄イジってくるくせに。」
やられてばかりでは男のプライド的に許せない。日頃..と言ってもまだ出会って2日目だが、彼女といると、主導権をずっと握られていてこそばゆい。
だから今の些細な優勢を崩さなかった。
「もー知らないっ。そんなんじゃ嫌いになっちゃうよ。」
「俺は好きで居続けますよ。桜さん。」
まだ戦える。
「なっ...よっ、よくも恥ずかしげもなくそんな事をっ...」
「事実ですからね〜。」
握っている...主導権インセンティブを確実に...!
「ま...負けた...雅樹君の勝ちだよ...」
「ははっ、やっと一勝っすね。」
勝ったっ!勝ったぞ!!
心の中で勝利を噛み締めた。
「初勝利おめでとう。でも20戦1勝19敗ってとこだね。」
「良いんすよ。負けても悔しくはないっすから。桜さんと一緒に居るだけで、俺は幸せなんすから。」
後から思い返せば穴に入りたくなるほどのクサい台詞も、彼女の前だと、不思議とスラスラと言えた。
「む.....雅樹君、ちっとずるいな〜。それは...」
「いつも桜さんがやってることでしょ。たまには俺の気分も味わってください。」
「むむむ...純粋ウブは撤回!!狡猾ずっこい!!」
「はいはい。可愛い可愛い。」
「くーーーっっっ!!」
この時間、この空間は今、雅樹が支配していた。
彼女は、パタパタと足を踏みつけ、悶えている。
その調子で海へ着くまでの残り2時間ほどを過ごした。
あぁ、いつもはつまらない只の移動時間が、こんなにも楽しいものなのか、と。そんな気持ちでいっぱいだった。
「ほら、見えてきましたよ。」
「お〜、青いね〜。そして広ーいね〜。」
海の近くまでたどり着き、綺麗な青と青の合間に水平線が見えた。
近くの空き地に車を止め、砂浜に降り立った。
潮風が、冷気と潮の香りを運んでくる。そんな潮風の香りが海へ来たと実感させてくれる。
「はぁ〜〜。寒いけど、良いっすね〜やっぱり。」
「春の海といえば、春の海、終日ひねもすのたり、のたりかな」
「また俳句?っすか。なんか、一気に侘び寂び感が出ますねぇ〜。どー言う意味なんすか?」
「春の海は、ゆったりしててなんか良いね〜って感じかな。」
「説明に風情のカケラもない...」
「うるせーやい!」
バシャ!!
「冷たっ!!」
冷え切った海水が肌に掛かる。
「へっへーん。桜ちゃんにそんな酷いことばっかり言う君には罰が必要だっ!それぃ!!」
「ちょっ、やめっ....冷たいっすって!!せめて上着脱がして下さいっ!」
「問答無用、えいっ!せいっ!」
「もー!!おらっ!仕返しっすよ!!」
「逃げろ〜!!狼藉者だ〜!!」
「桜さん!!逃げるんはずるいっすよ!!」
男女二人が仲睦まじく水を掛け合い、砂浜を駆け回る姿がそこにはあった。
ーーこのまま、時間が止まれば良いのに。こんな幸せが、終わらなければ良いのにーー
二人想いを同じくして、しかしそんな事は口に出さず、時間を惜しむように全力で楽しんだ。
30分程で疲れ果て、砂浜に落ちていた大きめの流木に座り込んだ。
「はぁー、疲れたっ!たまには良いね!こーいうのも。」
「ほんまっすね。ひさびさにこんなはしゃぎましたわ。」
体は疲れていたが心は満たされていた。幸せと言う感情を、人生で一番と言って良いほどに堪能していた。
「ね。勝負しようよ。勝ったら相手になんでも一つ言う事聞かせられる権を賭けて!」
「えー、まぁ、良いっすけど。何するんすか?」
「10分以内に出来るだけ大きな貝殻を見つけた方が勝ちね!よーいドン!!」
いきなり不可思議な勝負が始まった。彼女は勝負を宣言すると同時に駆け出していった。
「ちょっ、ずるいっすよ!」
雅樹も先行く彼女に追随した。
大きな貝殻。それがあまり見つからない。貝殻は多いが、割れていたり、小振りなものばかりだった。
「クソっ。絶対勝つ...勝って...」
勝って、呼び捨てで、敬称無しで呼び合いたい。そんな純粋うぶな願いだった。
砂浜を弄まさぐって、砂浜に目を凝らして、必死に探した。
もしかしたら、今までで一番本気で何かしてるかもな。
なんて、お前は一体今までどんな人生過ごしてきたんだ。と言う突っ込みが入りそうな思いを胸に、只管ひたすら、ただ只管ひたすらに貝殻探しに没頭した。
不意に、少し日が暮れ、西日に当てられて真っ赤に焼ける海を背景に、貝殻を探す彼女を眺めた。
それはなんとも幻想的で、すぐに壊れてしまいそうな儚さを帯びた景色。とても言葉にならないが、敢えて言葉にするならそれは。
ーー憂いを秘めた美しさ、だった。
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