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看板は安っぽい青のネオンライト。受付は黒いカーテンで顔が見えないようになっていた。楓は慣れた感じで、しゃがれた声の女性からそのホテルで一番安いルームキーを受け取った。狭っ苦しいエレベーターの中で僕たちは一言も話さなかった。これでもかというくらい重い扉を開けると機械の声に歓迎された。部屋は簡素で、広いベット、ガラスのサイドテーブルの上に大きい灰皿。その中にライターが一つあるだけだった。でも、値段の割に綺麗で 6「zc¥d:僕には充分過ぎた。
「水飲む?」僕は楓からペットボトルを受け取った。一息に飲み干すと、深く息をはいた。しばらくして、シャワーの音が部屋を包む。水が身体とぶつかる角度で音が変わる。ぶつ切りにされた曖昧なはなうたも微かに聴こえた。僕はいつもより深くタバコの煙を吸い込む。
楓とは大学が一緒だけど、学部もサークルも違う。接点は僕が趣味で取った履修者四人の哲学の授業だけだった。授業は、ほとんど先生との雑談で話題は生徒からのリクエストで決まる。その日は初めて僕の話題だった。
「死んだらどうなると思いますか?」
僕は脳が無くなるわけだから意識も何もかもなくなって、上も下も過去も未来もない無になる。珍しく真面目に答えた。
「断言できますか?」
科学の信奉者である僕hは強く頷いいた。
「物質主義的な意見ですね。私は無になるとは断言できません。死は経験できない。死を体験したことのある人間はいません。そんなものを無と断言できるでしょうか。私たちは死をそれとして直接定義する言葉持たないのに。」
講義が終わり、帰りのエレベーターで先生と僕と楓の三人になった。見知ったよく知らない人との無言の時間は、何より気まずい。耐えかねたのか先生が話しかけてきた。
「なぜ、お二人は理系の大学に通ってらっしゃるのに哲学の授業を履修したのですか?」
「僕は正直楽かなって。」
ここではいつも通り。本音はなしでおどけて答えた。
「私は哲学と哲学者が好きです。物事を鵜呑みにしない、物事を反芻できる人。それができない人は何も為せないし、かっこ悪いです。」
この後、帰りの電車で楓と初めて話した。初めて「好み」を他人にぶつけることができた。相手の興味を膨らませることしか考えてなかった僕にとって、楓との時間はこの上なく鮮やかだった。
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