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1. 悪夢と甘夢
高校生活の終わりを、寧ろ僕は喜んでいた。
「A組代表、山城拓。」返事は、はっきりと裏返えり、みんな声を押し殺して僕を笑った。駄目押しでわざとパイプ椅子につまづいて、滑稽な笑いをもう一つ取った。僕のピエロも今日で終わる。
段上に向かう最中、足に一切の力が入らなくなった。勢い良く、僕の足の裏は天井を向き、足首は膝までひっくり返った。身体と赤いカーペットがぶつかり、鈍い音が広がった。
異変は足から全身を温めるようにじんわり染み渡たり、僕の「中身」を溶かした。隈なく異変が広がる頃には、僕はほとんど境界のない塊に成った。
誰も身動き一つ取らない。僕にこれだけのことが起きても、体育館は無色透明だった。僕は、気づいて欲しかった。助けて欲しかった。何より自分が恥ずかしかった。考えなしに、壇上を目指して、さっきまで手足だったものをがむしゃらにばたつかせた。
涙と混ざり合いながら這い蹲っていると、女の大きな笑い声に静寂は引き裂かれた。僕は声の主を訝しみながらも、ほとんど溶けた喉を震わせ、助けを求めた。でも女はよほど僕の姿が可笑しいのか腹を抱え、ただ床を転げまわっていた。
僕の身体は地面に沈み込み始める。ありがたい。残るは顔だけというところで、声が頭の中に響く。「もう二度と会わないね。じゃあね。」僕は底のないまっくらな世界に落ちた。
いつもここで終わる。くすんだ白い天井が見えた。脳から起き上がれと指令を出して、随分遅れて身体が動き出す。目覚まし時計に緑色の十一時二十四分が表示されてた。今日は平日だけど大学は休み。僕は週に三回しか学校に行ってないけれどこれが普通なんだ。
横たわっていると奥歯の辺りが気持ち悪かった。ポップコーンの嫌な感じがする。新着メッセージが三件。そういえば今日は楓と飲む約束があった。忘れていた約束ほど面倒なものはない。でも、土壇場キャンセルは申し訳ない。天使と悪魔の二転三転ある大ゲンカを経て、町田に八時集合と送信した。シャワーを浴びて髭を剃る。唇の上が少し赤くなって血が滲んだ。ゆるめのスラックスに茶色のシャツを合わせて、出かけた。
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