門出

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は、と目を開けば眼前には見慣れた木目の天井があった。 ふうと息を吐く。しかし全て夢ではないのだ。 私は今日、あの国へ輿入れするのだから。 重たい気持ちをため息として吐き出しながらゆっくりと体を起こす。 しん、とした自室はまるで息を潜めているように静寂で、晴れの日の朝とは到底思えなかった。 そっと履物に足を通す。ベッドから降りてちりん、とベルを鳴らす。無音。誰も来やしない。そんな事は分かっている。 ベランダの前の水桶へ跪いて浸してあった濡れタオルを絞る。 質素でボロのネグリジェを脱ぐ。まだやんわりと温かさの残るタオルを肌に押し当てていく。ぴちゃりぴちゃりと水のさわめく音だけが部屋に響く。全身を清め、脱いだネグリジェを綺麗に畳む。何も身につけずに裸足のまま部屋を歩く。ベッドの側に行き着いてクローゼットをカラカラと開く。 そこには特に金銀刺繍の施された豪奢なドレスも鮮やかな色とりどりのドレスもない。ただあるのは貧相に見えない程度に刺繍の施された純白のドレス。 私の持つ服はネグリジェと濃紺のワンピースのみ。今日は濃紺のワンピースは着ない。 チリチリと背のファスナーを下ろしていく。純白のドレスはファスナーを噛むことなくするりと揺れた。ハンガーからドレスがズレていく。何の感情も芽生えない。ただ無機質に手に取って身につけていく。 するすると肌に触れるシルクは心地よく、少しの動きにも滑らかに波打った。それでも心は浮かばない。 クローゼット内部の引き出しを引く。ぬるりとした光沢のピンクパール。かなりの大粒が手に取るだけでジャラ、と音を立てる。首元、耳にずしりと重みを感じながらカチリカチリと留め具を繋いでいく。するすると衣擦れさせながら鏡台へ近づく。そっと腰掛けると鏡の中の自分と目が合う。 姿は確かに高級な生地に包まれているのに私の顔は虚ろだった。
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