門出

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コンコンとノックの音がする。入室を促せば控えめに扉が開き、一人の女性が大きい鞄を持って入ってきた。 「お嬢様初めまして、私本日よりお世話させていただきますメリアでございます。」 彼女は柔らかな笑顔で深くお辞儀をした。その様子を鏡越しに眺め、よろしくと返す。彼女は私に付いて彼の国へと行かなければならない。しかし、彼女は不安や緊張を噯にも出さずにこちらへと近づいてくる。 「お嬢様、お待たせ致しました。残りのお化粧はお任せ下さい。」 彼女は仕事を早速取られて困っているのだろうか、少し困ったような表情で微笑んだ。 残りの化粧はあっという間に済んだ。彼女は手際よく化粧を終えると、微笑んでお綺麗ですよ、と言った。 ありがとう、と返すと丁度鐘が鳴る。 ゴーンゴーンと重い鐘の音が響き、メリアは慌ててクローゼットへと向かっていった。 「お嬢様、お荷物はこちらのみですか?」 呼びかけの方へ向けば、メリアが訝しげにケースを持ち上げていた。 「ええ、それだけなの。」 そう返事を返せば、分かりましたと返してメリアが持ってやってくる。 「お嬢様、もうお時間ですわ。」 メリアは両手に自分と私の荷物を持って私を扉へ促す。 それに従って歩き出す。扉を抜けると、廊下には誰一人おらず、衛兵ですら厄介払いされたのだと分かる。そのまま廊下を進み上り階段へと差し掛かると、頭上から声が降ってくる。 「お嬢様、おめでとうございます!」 「ご婚約おめでとうございます!」 そこかしこからかけられる声に感動することは無い。あれらは桜のようなものだ。階段を登りきった先のカメラやマイクへのアピールなのだ。 私は階段をゆっくりと上る。それは決して懐古の気持ちの起こりでも名残惜しさでも無く、ただそういう演出であるから。
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