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階段をようやく登りきった先で大仰に扉が開いていく。
その先から滂沱のように流れ込むのは歓声。祝いの言葉。けれどそれも全て演出。幸せなお嬢様が、民に見守られて新郎の元へと故郷を離れ出立する。そういうシナリオなのだ。
現に出発のヘリの傍に並ぶ"父上"も"母上"も喜ばしい、という顔を貼り付けている。いや、喜ばしい事には相違ないのだ。ただそれは"娘"の門出によるものではない。私が継ぐはずだった財産、権力といった金銀財宝を手に入れたも同然だからだ。
しかし、彼らへの感情は何も湧かない。私は全くの異国の地へと送られ、何の後ろ盾もない新天地でただ惨めに無残に息をするだけなのだ。"飾り"として。
「父上様、母上様、私ファリシア=レ=コルコードはデリモア国へ嫁ぎます。私の幸せをこの国から末永くお見守りください。」
口上を述べ、"父上"と"母上"の口上に微笑み、深くお辞儀をしてヘリへと乗り込む。
途端騒々しい音を立ててヘリは離陸。穏やかに手を振り、彼らが見えなくなると何事も無かったかのように表情が消える。
「お嬢様、私の事をただ損な役回りを嫌々受けた邪魔な女とお思いですか。」
不意に隣のメリアがこちらへ向いた。
「…ええ、そうね。私というハズレを引いてしまった哀れな人、と思っているわ。」
今更偽った所で信じるわけもない。ただ率直に淡々と事実を伝える。
しかしメリアはこちらを嘲った顔にも怒った顔にもならなかった。
「ふふ、お嬢様はやはり自身が独りだとお思いですね。」
メリアは少し可笑しそうに言った。
「ええ、全てが覆ってしまったから。」
メリアの様子にだって動じない。だから何だというのだ。
「私はお嬢様のお供を買って出ました。これはお嬢様を馬鹿にしたり何かの算段があってした事ではありません。」
「では何故?」
彼女はどんな答えを望んでいるのか。
「私はお嬢様の友人になりたいのです。」
「友人…?」
訳が分からない。どう考えたらこのような捻た女と仲良く出来ると思うのか。
「異国の地、味方もおらず言葉も分からずただお飾りとして他国で一生を終えるのですよ。でしたら少しくらいの楽しみはあっても良いとは思いませんか?」
「楽しみ、ね。あなたがそうなれると?」
私は不幸ではない。辺境の地で一緒を終えるとしてもそれならそれで、と受け入れている。とうの昔、生まれたその瞬間から私は政治や誰かの思惑の駒でしかないのだから。
「私がお嬢様に受け入れて頂けるかどうかは正直分かりませんが、私が守ることはできます。何よりあなたは私の天使なのですよ。」
メリアは微笑んだ。
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