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後編
キクは怒っていた。
岩城が仕事に行ってしまったからだ。
しかも、乳首を少し弄ってから去っていかれたので、触られた方の乳首だけが中途半端に疼いている。
その疼きが、時間が経つにつれてどんどんとキクの中で蓄積され、キクの性欲が膨らんでいってしまう。
キクの怒りは、その内に抱かれたい欲求へとシフトしていき……そしてキクはいま、ひとりで腕組みをして、ベッドに並べた淫具を吟味しているのだった。
夕方には戻る、と岩城は言っていたので、彼が帰って来たときにものすごく挑発的な格好で出迎えて、キクを抱きたくて抱きたくてたまらないようしてやろうと企んでいる最中である。
そのためにはまず、下準備がいる。
キクは蜂巣に置いてあった淫具をとりあえずすべて引っ張り出して、一つ一つを手に取って使えるかどうかを確かめた。
ディルド、バイブ、ローター、電マ、ブジー……とりあえずひと通りは揃っている。
ついでにバラ鞭や手錠、アイマスクなんてものもある。
SМを好む客用には、それ専用の蜂巣も存在するのだが、ここは遊郭。どんな客の要望にも即座に応じられるよう、ある程度のものは常備されているのだった。
よし、とひとつ頷いて。
キクは準備に取り掛かった。
***
岩城がキクの待つ蜂巣へ戻ったとき、灯りが落ちていて不思議に思った。
はて、キクはどこかへ行ってしまったのだろうか?
しかし受付でカバンなどを預かってくれた男衆は、そんなことは言っていなかったけれど……。
訝りながら、岩城はドアを開き、中を覗いた。
奥から、なにか物音が聞こえる……ブーンと唸るモーター音だ。
それから、乱れた呼吸音。
「キク?」
男娼の名前を呼びながら、岩城は電気のスイッチを入れた。
オレンジ色の灯りがじわじわと広がってゆく。
まず目に入るのは、部屋の中央で存在感を主張している大きなベッドだ。
岩城も何度も使用しているが、ここのベッドの寝心地は最高で、マットレスは淫花廓特注のものらしい。
その、高級マットレスの上に。
キクが、居た。
癖のない髪を振り乱して。
ヒクヒクと体を痙攣させている。
ベッドにへたり込むように膝をついている彼の両手は、ヘッドボードの上に繋がれていた。
「あっ、あっ、だ、旦那さまぁ……」
キクが、唖然とする岩城の方へ顔だけを振り向けてくる。
その目はとろりと濡れていた。
「キク、きみ、なにをして……」
「た、たすけて……たすけとくれやす……あ、ああっ、や、やっ」
ぶるり、と大きく腰を震わせて、キクが喘いだ。
一体なにごとだ……。
上着を脱いで、ベッドへと近寄り、岩城は状況を把握しようと試みる。
キクの両手首には、白いファーが巻きついている。あれは……手錠だ。左右の輪っかを結ぶチェーンが、ヘッドボードの上の格子状になった部分を跨いでいるため、そこに繋がれたキクは寝転んだり体の向きを変えたりすることができないようだった。
しかし……手錠なんか誰に嵌められたというのか……。
手錠に加えて、ブーンという振動音が大きくなったり小さくなったりと、継続して聞こえている。
岩城は眉を寄せ、キクの襦袢をめくってみた。
すると、こちらに背を向けて膝立ちになっているキクの、その尻の狭間にピンク色のバイブがずっぽりと嵌っているのが見えた。
「…………キク……」
岩城は呆れ半分、驚き半分にその名を呟いた。
はぁはぁと呼気を乱しながら、キクが涙目で懇願してくる。
「と、とって、うしろ、とっておくれやす」
「キク。説明が先だ。一体、なにがどうして、こんなことになってるんだい?」
岩城はそう尋ねながらも、大体の事情は把握できていた。
この男娼と継続して関係を持つようになり、キクの性格ももうわかっているからだ。
果たしてキクは、バイブの振動に全身をのたうたせながら、切れ切れに語った。
「だ、旦那さま、が、あっ、あぅっ、し、仕事、行かはったからぁ、あぁっ、あっ、キ、キクは、さ、さびしゅうて……ひっ、あ、と、とめてぇっ」
「キク。寂しくて、それで?」
「あっ、あっ、旦那さまが、戻らはったら、あんっ、キ、キクを、ほったらかし、に、した、仕返しを、しよ、思たんどす……」
キクの声に、ほんの少し余裕が戻った。
どうやら、彼の中にうめられたバイブは、何段階かに強さが設定されているようで、弱から強に徐々に上がってゆき、しばらくするとまた弱に戻る、というパターンになっているようだ。
いまは、振動音も静かなので一番弱いパワーなのだろう。
「仕返し? どんなことをしようとしたのかな?」
岩城は問いかけながら、袖のボタンを外し、片腕ずつまくりあげてゆく。
背後で動く岩城を振り向けた顔で追いながら、キクが胸を震わすようにして大きな深呼吸をした。
「だ、旦那さまが、すぐに、ん、んんっ、キクを、抱きたくなるように、後ろの、準備をしよ思て……」
「はは……それでコレを挿れたわけだね」
コレ、と言いながら、岩城は戯れにバイブの持ち手を掴み、ぐちゅ、と一度ピストンをさせた。
「あああっ」
キクの腰が淫靡に揺れる。
キクは、自分の欲求を第一に優先するどうしようもない男娼だが、乱れる顔は存外色気に溢れ、岩城は彼のこの時の顔が気に入っていた。
「だ、だんな、さまぁ」
「キク。話が途中だよ」
「へ、へぇ……。ほ、ほんで、その……旦那さまへの、仕返しやから、あっ、あんっ、キ、キクが、ひとりでしとるとこ、を、見せつけたら、どないやろか、お、思て……あぁっ、あ、あきまへんっ」
ぬちゅ、ぬちゅ、とゆっくりと岩城が出し入れしている内に、バイブの振動音が少し大きくなった。一段階強くなったのだ。
「それで?」
「あぅっ、あ、だ、旦那さまを、手錠で、あ、あ、つない、で、みよ、思て、た、ためしに、自分に、つけてみたん、どす」
岩城は我慢できずに、喉奥でくつくつと笑いを漏らした。
その時の様子が目に浮かぶようだ。
キクが自慰をしながら(キクのことだから、夢中になってバイブを動かしていたに違いない)、その途中で思い立ち、バイブを後ろに咥えたままで、ヘッドボードに手錠を取り付ける。
それを、自分の手首に嵌めてみて、岩城が動けないかどうかを試したのだろう。
両手に巻いて、カチャカチャと腕を揺すり、強度を確認して、よし、と納得して……。
いざ外そうとしてみると、鍵がない。
手錠を試してみることに頭がいっぱいで、鍵を持って移動しなかったからだ。
なぜそれがわかるのかというと、手錠の鍵は、ベッドの足元側……たくさんの淫具が置かれている場所の一番端に、整然と置かれているからだった。
この中のどれを使って岩城を誘惑しようかと、頭を捻っていたのだろう。
まったく、可愛い男娼である。
口元の髭を撫でながら、岩城は止まらない笑いを噛み殺し、
「それで?」
と再び問いかけた。
「か、鍵が、のうなって、う、動けんように、なってしもて……あ、ああっ、う、動かさんといてっ、あ、あっ、だ、誰も、来て、くれへんし」
通常であれば、蜂巣の外には男衆が待機している。
しかし、岩城が留守だったため、客の居ない蜂巣に男衆が居る意味もなく、結果としてキクは文字通り孤軍奮闘していたのだろう。
手錠はやわらかいファーで覆われているが、強度はきちんとあり、キク程度が暴れたところで壊れるはずもなく……彼の後ろにはバイブ。
「な、なんとか、はずそ思て……あんっ、あ、ああっ、そ、そしたら、膝が滑ってしもて……ふ、ふかく、あ、ああっ、あっ、ふこぅなって、しもて、ひっ、あ、あ、あああっ」
媚肉をぬちぬちと掻き分けて、一番奥まで挿し込んだ辺りで、また振動が強くなった。
それに感じる場所を押されたキクの先端から、ぴゅ、と少量の白濁が漏れる。
ふと見ると、ヘッドボードには精液が飛び散った痕があり、キクが何度か放出していることを岩城は知った。
「まったく……いけない子だね、キク。良い子で待っているようにと、僕は言っただろう?」
やれやれと吐息した岩城は、キクの腰をぐいと後ろに引いた。
背後に尻を突き出す格好になったキクの、だらりと垂れる襦袢を邪魔にならないようにたくし上げて。
バイブを咥え込んだままの、丸みを帯びた尻たぶを。
ピシャリ、と打った。
「ひんっ」
キクの背が、きれいなカーブを描いて反らされる。
もう一度、右手を振り上げ、ピシっ、と叩く。
もう一度。
「ああっ、あっ、ひっ、い、痛いっ」
「痛い? 本当に?」
岩城は笑いながら、てのひらでの打擲を続ける。
その内に、バイブの音が強まった。最大限の振動になったのである。
ブブブブブと獰猛な唸り声を上げ始めたそのバイブの、持ち手のスイッチを弄り、岩城はヘッドのスイング機能も追加する。
「ああああっ」
キクが一際大きな嬌声を放った。
後孔がひくひくと動いているのがよくわかる。
岩城は尻の丸みを掴み、そこを揉みしだくと、再びてのひらで淫猥な肉を叩いた。
「ああっ、あきまへんっ、あっ、ああっ、あかんっ、イ、イくっ」
「おやおや、悪い子だ。お尻を叩かれて気持ち良くなるなんて」
「あっ、せ、せやかて……あ、ひ、ひぃっ」
パシン、と響く音に、キクの内腿が震えた。
体の痙攣が止まらない。
イきっ放しになっているのだ。
岩城はバイブを掴むと、激しい水音をたてながらピストンさせた。
「あかんっ、あっ、あっ、あっ、も、もう、イってる、からぁっ、と、とまってっ、あっ、あっ、ああああっ」
キクの体が悶え、両手をがちゃがちゃと振る。ファーがあるので、肌がこすれたりはしないだろうけど、後で見てあげなければいけないな、と考えながら、岩城は右手を振り上げた。
キクの感じる場所をこするように、左手でバイブを動かし。
声もなく絶頂を味わい続けているキクの、赤く色づいている尻へと。
最後の打擲を、与えた。
「っっっあああああっ」
振り絞るような、悲鳴を上げて。
キクが潮を噴いた。
尿のように漏れた透明な液体が、ヘッドボードにかかり、シーツの上に広がってゆく。
ビク、ビク、と魚のように体を跳ねさせたキクの開きっ放しの唇から、唾液が漏れていた。
忘我のその表情は、やはり色香があって、可愛くて。
普段は地味な顔立ちなのに、と半ば感心しながら、岩城はキクへと腕を伸ばし、彼の手首に嵌っていた手錠を、カチャ……と外してやった。
自由になったキクの体が、ふらりと傾ぐ。
それを危なげなく支えて、岩城は彼の手を握り、自身の股間へと導いた。
「キク。悪い子にはお仕置きだ。覚悟しておきなさい」
岩城がそう嘯くと。
セックスが大好きなどうしようもない男娼が、ごくりと喉を鳴らして。
岩城のそれへと、愛おしむように指を這わせ。
とろりとした瞳で、淫靡に笑ったのだった……。
END
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